第16話 お悩み人生相談

 ――時間は魔王城の戦闘の前に戻る。


 魔王が王都に来た理由を聞いて、思わず漏れた私の間抜けな声がギルドマスターの執務室に響いた。


「……は?」

「は? やのうて。勇者と戦いに来たってゆーてんの」

「戦いに? 私と?」

「せや」

「わかった。覚悟しろ魔王」


 戦いたいと言うならしかたがない。了承して戦闘スキルを全開にし、聖剣を抜く。

 ……と、魔王は顔を引きつらせてぶんぶんと手を振った。


「待て待て待て。今すぐちゃうわ。その前に理由くらい聞くんがお約束やろがい」

「わかってるって。冗談だってば」

「冗談飛ばしてる顔やなかったで……」


 お茶目なギャグに本気で焦った魔王の可愛い姿をしっかり網膜に焼き付け、スキルと聖剣を戻してその理由とやらを聞くことにする。


「で? なんで戦うことになってるのかな」

「まあ、なんちゅーか……人類侵攻をやめよと思うねんな」

「は?」


 間抜けな声、再び。

 今、何と?


「侵攻をやめたいって?」

「せや。あ、四天王には秘密やで。あたしがこんなこと考えてるて知られたら、えらいことになる」

「そりゃ……そうでしょ」


 人類滅すべし、と掲げた旗を持って先頭に立つ魔王がそんなことを言い出したら組織がめちゃくちゃになるし、士気も下がる。下手をすれば反逆も起こりかねない。


「なんでそんなことを?」

「まあ……前にも言うたけど、魔界は困窮してて、その解決策が人間界侵攻やねんな。人間界の征服は先祖の悲願やねん。それは歴代魔王に受け継がれてて……」

「待って。歴代魔王? 魔王がこの世界に現れたのは三百年前だよね。それから四度、その時代の勇者と戦って、長い眠りについて、復活して……。だから魔王って三百年生きてるんじゃないの?」

「ドアホぅ。この美少女が三百歳超えに見えとんのかい、失礼なやっちゃなぁ。あたしは人類侵攻を始めた魔王から数えて五代目や。まだ二十歳にもなっとらんっちゅうねん」

「ええええっ? 自分で美少女って言ったよこの人!」

「驚くのそっちかい! ゆーても、歴代魔王と血のつながりはないけどな。魔王は先代の力と記憶を引き継いで転生して誕生するもんやし」

「へぇぇぇ……」


 そんなことは王国図書館で読んだ歴史書には記載されていなかった。それに魔王の言うことを信じるなら、歴代勇者と戦った魔王は毎回別人だったことになるが、もちろんそんな記述もない。人間から見た魔王に関する記録はいい加減だったんだなぁ、とそんなことを思いつつ。


「で、先祖の悲願をどうして達成前にやめたいと?」

「いや、侵攻を続けたら、必ず勇者があたしを殺しに来るやろ。実際あんたが来たし。それで戦いになったら、多分あたしも勇者も死ぬ。今までの勇者も魔王もそうやったやん」

「うん」

「ぶっちゃけ……」


 少しためらうように言葉を切り、苦笑して私を見る魔王。


十代このトシで死ぬの嫌やん?」

「わかるー。それなー」


 同意しかない魔王の言葉に、私は激しくうなずいていた。

 死にたくないから死なないように死ぬほど苦労して自分を鍛え上げたのだ。

 その結果、女神ポンコツが余計なことをしてくれちゃって、魔王との戦いじゃなく極貧生活で命の危機に陥ったわけだけど。


「けどな、それが嫌やからって『侵攻やめます』なんて言えんやろ。困窮してる魔界をどうすんねんって突き上げ食らうし。……まあ、土地と食うもんは、四天王が優秀やから上手いこと考えてくれて、あと数百年は魔界内で回せるようにしてくれたから無理に人間界に侵攻せんでもええんやけど。そうすると、人類殲滅を掲げてる古株の魔族がなあ……」


 言葉尻を濁して、はあ、とため息をつく。

 いわゆる人類に対する『強硬派』がうるさいのだろう。問題解決のために他の方法を考えることなく、またその方法があっても認めることなく、自分たちがこれと決めたこと以外に耳を貸さない頑固な連中。そういう面倒くさいのは政治の世界に必ず一定数はいるものだ。

 私も勇者の適性があるとわかったとき、貴族や元老院の中のそういう連中にずいぶん嫌味を言われたし。


 女が勇者? ふざけている。

 女の勇者など役に立たん。

 しかも十歳にもならん小娘だ。

 歴代勇者のような立派な青年の勇者を探すべき。


 等々。数えたらキリがない。

 もちろん、レベルカンストした暁には暗殺者アサシンスキルで正体を隠してそいつらを死なない程度に闇討ちしてやったけど。

 ともかく、その辺は人間も魔族も似たようなものらしい。


「それに加えて、勇者が女神のスキルを手に入れて、あたしは正面切って戦えんようになったやろ。それも古株の魔族ジジイどもにはおもろないみたいでな。魔族が人間風情に後れを取ってるとか言いよんねん」

「そこで、勇者わたしと一騎打ちで戦うことにした、と?」


 言うと、魔王はうなずいた。

 しかし、それはただの――


「本気で殺し合いまでするつもりはないねん。作ったアイテムで女神のスキルを無効化してあたしの知力を見せて、歴代最強と名高い勇者と互角に戦って戦闘力を見せて、あたしでも人類殲滅は簡単やないでってことを古株の魔族ジジイどもにわからせたいんや。それが侵攻が止まる言い訳になる。侵攻が止まれば人類は防衛戦に入るやろうし、躍起になってあたしを殺しに来ることもなくなるやろ」

「うーん……」

「まあ、要するにあたしの安泰のために、っちゅーこっちゃ」


 私の脳裏にふと浮かんだ言葉を使って、魔王はじっとこちらを見る。

 美少女たらしめる切れ長のあかい瞳が、真剣に私に訴えかけてきていた。

 この話に乗ってくれ、と。


「茶番、ね……。でも、それじゃあ魔王キミは部下を騙すことになるし、侵攻が進まなくなったら、こっちに来ている魔王キミの側近や魔獣たちが無能だとか言われない? 今まで順調に侵攻していたのに、急にそれが止まったら文句も出るでしょ。部下を騙したり、他からそんな扱いをされるのは嫌じゃないの?」


 あまりにも魔王の言い分が保身まみれで身勝手な感じがして、ついそんなことを言ってしまう。

 聞いた魔王は驚いたように目を丸くしていた。


「勇者がの心配すんのかいな。やっぱりおもろいな、君」


 ふふふ、と笑って、魔王はテーブルのお煎餅せんべいに手を伸ばした。


「そのへんは、まあ、勇者に責任転嫁するわ。勇者が強うなって思うようにいかん、ってな。女神のスキルもあるから、四天王も精鋭の魔獣も勇者の敵やあらへんようになった。せやから女神のスキルを無効化できて、互角の実力があるあたしだけで勇者と戦わな人類に好き放題される。それを全力で阻止するから侵攻に力を割くのが難しいって」

「思わぬところでポンコツスキルセーフティジャーニーが利用されてる……」

「そいつも原因の一端やし、利用させてもらうわ」

「そんな断りもなしに。部下のこともそうだけど、身勝手が過ぎるんじゃない?」

「魔王は自分勝手で傲慢なもんや。……お、この煎餅美味しいな。もう一枚もらお」


 会話が途切れ、ぽりぽりとお煎餅をかじる音が執務室に響く。

 小うるさい年寄りを黙らせるために、私と死闘を演じようというのが魔王の考えらしい。

 はっきり言って、面倒くさいし回りくどい。

 魔王――つまりは魔族の頂点なんだから、余計なことを言ってくる連中なんか力で黙らせればいいと思うんだが。


「……勇者って、魔王あたしもビックリするくらい酷いこと考えるのな」

「えっ……? 魔王って心を読めるの?」

「中身はわからんけど、勇者から邪悪な波動を感じたもんでな。なんか企んどるなってのはわかるで」

「うわ、気をつけよう……。なるべく平常心で考え事をしなきゃ」

「平常心で邪悪なことを考えられるようになったら、それはもう勇者やのうて魔族やん。いや、それ以上かも」

「正義の味方である勇者にその言い草はどうなの?」

「自覚ないんかい。あたしにやった精神的にも肉体的にもダメージを受けるしょーもない嫌がらせの数々を忘れたんちゃうやろな。あんなん魔族でも思いつかんで」


 くくく、とおかしそうに笑う魔王。

 つられて私も笑う。


「で、あたしの提案は飲んでもらえるんかな」

「まあ、それで魔物の侵攻が止まるんなら、勇者として反対する理由はない。もともと止めて欲しいって持ちかけたのはこっちが先だし。重畳ちょうじょうだよ」


 魔王が戦いを仕掛けてくる世界を「平和だ」とは言い難いけれど、少なくとも人類が受ける被害はぐっと減る。私が勇者の仕事をしているところを世界に知らしめることもできるし。

 そうしたら薬草採取クエストで食いつながなくても生活できる程度の支援は得られるだろう。

 魔王の提案は私にとってもありがたい。


「ありがとな。こっちの侵攻はキッチリ言い聞かせて止めるから。なんやったら、最大の脅威の勇者を倒すまで、同胞に被害が出ぇへんようにって建前で魔界に引き上げさせてもええ」

「引き上げって……人間界こっちにいる魔物を全部連れて帰るってこと?」

「せやな。亜人族や獣人族も、あたしの魔力の影響を受けてる連中はみんなや」

「それは困ります」


 魔王の言葉に答えたのは、部屋の隅で置物になっていたランスさんだった。

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