第15話 勇者と魔王の戦い
高く険しい山々に囲まれた、純白の壁と晴天と同じ色の屋根を持つ魔王城。
丁寧に手入れされた庭園は、王城のそれに劣ることなく見るものを魅了する。
周囲には絶えず魔王の邪悪な魔力が満ち、あらゆる人間を拒む地であることを忘れさせるほどの美しさを誇る、その城内――
「…………」
「…………」
十三階、玉座の間。
使える勇者スキルをすべて解放し、聖剣を抜く。
同時に、魔王は緩やかに湾曲した禍々しい薄紫色の片刃の短剣を虚空から呼び寄せ、両の手に逆手で握った。
ただその仕草だけでわかる。
相当な手練れだ。
「魔王って魔法主体で戦うものじゃなかったっけ?」
「そんな古い考えかたしとるから、ご先祖サマは勇者に勝てんかったんやろ。あたしは――違うで」
すっ、と目を細めて――魔王は殺気を解き放った。
ぅわんっ! と空気が震え、耳障りな音が私の意識を揺らす。
こりゃ……まじめにやらないと死ぬわ。
「勇者から受けた嫌がらせの数々、苦悩の日々の恨み……晴らさせてもらうで!」
「いやそれは魔王が素直にならないからで……っ」
フッ、と突然魔王の姿が掻き消える。
私はその姿を目で追いながら、反射的に剣で左側の空間を薙いだ。
ぎぃんっ!
下から切り上げるような斬撃が聖剣に受け止められ、鈍い音をまき散らす。
続いて繰り出されるもう一刀の横薙ぎ。それをバックステップで躱し――
「っ!」
いつの間に呪文を唱えたのか、燃えさかる火炎球が私を追撃していた。握りこぶしほどの大きさで大した威力はなさそうに見えるが、これは魔王が放った魔法だ。見た目通りのはずがない。
「
私の体に着弾する寸前に防御魔法を唱え、さらに床を蹴って距離を取る。
火炎球が障壁に触れた瞬間、小さな球が周囲を嘗め尽くす紅蓮の炎となって弾けた。
その衝撃波で後ろに飛ばされた私は空中で素早く体勢を立て直して着地、すぐさま床を蹴って、障壁を介してなお肌を
「無茶しよんなあ、自分!」
まさか業火の中を突き抜けてくるとは思っていなかったのか、その向こうで慌てて短剣を構え直した魔王を捉えると、振りかぶった聖剣を叩きつける。魔王は両手の短剣をクロスさせてこの一撃を受け止める――が、私の渾身の一刀はそんなに軽くはない。剣撃に乗せた風魔法の余波が床の大理石を穿ち、がぼっ、と重い音がして魔王の足元が割れ、右足が裂け目にはまり込んだ。ぐらりと魔王の体勢が傾ぐ。
「
天を貫く稲妻を聖剣に宿し、それを魔王の短剣を介して叩き込む。足を取られて動きを封じられた魔王に避けることはできない。
ばじぃっ!
耳をつんざく爆音と瞳を
もちろん、それで魔王を倒せるなどとは考えていない。
雷撃が残る剣を引き、体を回転させた遠心力と風魔法を利用した神速の横薙ぎで追撃する。魔王はそれを避けて体勢を崩すはず。そこに爆発系魔法を至近距離で叩きこんでやれば、いくらなんでも無傷では済まない――
「見え見えやで」
余裕たっぷりに笑って横薙ぎの一撃を左の短剣で受け止めると、右の短剣で私の眉間を突いてきた。予想以上に速い切っ先を慌てて上体を反らして躱したが、無防備になったところに足払いをかけられ、そのまま背中から床に倒れ込む。ダメージはないが攻撃も防御もままならない。
まずい、早く立ち上がらないと……!
そう思って後転して間合いを取って――
「っ⁉」
転がった先に黒い光球が漂っていることに気づき、咄嗟に全身を魔力障壁で包む。
間に合うか……⁉
光球に小さなヒビが入ったかと思うと爆発的に膨張し、私の体を弾き飛ばした。空中で体勢を整えようとするも間に合わず、十数メートル吹き飛ばされ、固い大理石の床に頭から叩きつけられた。
ぐわん、と意識が歪んで視界が揺れる。障壁を張っていなければ即死だった。
「…………」
強い。とてつもなく。
高火力な魔法を無詠唱で連発できることもそうだが、それを二刀剣術に組み込んでこちらの動きを先読みしながら攻めて来るのだからたまらない。
レベル上げのために何千何万と実戦経験を積んだぶんだけ、私に少しばかりの『戦い慣れ』という優位があるようだが、魔王はそれを鋭い観察眼と磨き抜いた体術で埋めている。
彼女は、魔法を使わせないように神速の剣でゴリ押しすれば勝てるというような、
「自分、頑丈やなぁ。ほとんどダメージ入ってへんやん」
吹っ飛ばされてもすぐに立ち上がった私を見て、呆れたように魔王は言う。
確かに多くのスキルと高いステータス値に守られた私は、今の攻撃でわずかに体力を減らされただけだ。それも自動回復スキルですぐに癒される。実質、効いていないのと同じだ。
だが、それは魔王も同じだ。
上位魔獣クラスでも体力の半分を削る威力がある私の電撃をまともに食らっているのに、ダメージを受けるどころか余裕で追撃を躱し、反撃までしてきた。魔法耐性が異常に高いのか、そういう効果のある装備品を持っているのか。ともかく魔法によるダメージは期待できそうにない。
そうすると剣による物理攻撃が主体になるが、それも両手二刀に阻まれてなかなか当たらない。
実は、この聖剣には『武器破壊』効果を付与するという禁忌破りを施してある。効果を極限まで高めたために、破壊効果を発揮させるときは膨大な魔力を消費するという欠点ができてしまったが、それを笑って許せるレベルのその威力は『神器』ですらも破壊できる、もはや武器そのものの存在をなかったことにして消滅させる『原初回帰』に近いものがある。
そんな非常識な破壊効果があるというのに、魔王の両手の短剣は依然健在だ。
彼女は
ならば、両手二刀をかいくぐる光速の剣撃で物理ダメージを与えるしかないが――やれるか……?
「お? 次の作戦は決まったみたいやね。よっしゃ、かかってきぃ」
首をぽきぽきと鳴らし、構える魔王。
「首の骨を鳴らすの、やめたほうがいいよ。体によくないらしいから」
「そうなん? 気ぃつけるわ。ありがと……っ」
話し終わるのを待つことなく床を蹴り、魔王に肉薄する。身体強化スキルと風魔法で加速して一瞬で間合いを詰め、胴を狙った横薙ぎの一閃。
読まれていたのか、魔王はすでに短剣でそれを受け止めようと構えていた。
私はそのまま剣を振りぬく。
「っ⁉」
構えた短剣に触れた瞬間、聖剣がゆらりと滲み、短剣をすり抜けた。
魔王は慌ててもう一方の短剣で自らの首を防御する。
ぎぅっ!
甲高い金属音が響き、弾き飛ばされた短剣と魔王の鮮血が宙を舞った。
すかさず追撃で放った袈裟懸けは短剣に頭上で受け止められ、魔王の体に届かない。
しかし、それも予想内だ。
振り下ろした剣を手放し、呪文を唱える。
魔王は私が
「んなっ⁉」
受け止めた聖剣の重さで跳ぶことができなかった。
魔王は知らなかったようだが、私の手を離れた聖剣はバカみたいに重くなるのだ。さすがの魔王も高速かつ超重量の袈裟懸けに動きを制限されてしまい、無防備になった体の真ん中に私の魔法が直撃する。
「
生み出された複数の小さな光球が一斉に炸裂し、魔王の全身を爆炎が包み込む。
だが、魔獣ですら一撃で灰にしてしまう高火力なこの魔法も、魔王には効かないことはわかっている。この派手に弾ける炎はあくまで目くらましだ。
手放した聖剣を握り直し、炎に視界を奪われている魔王に斜め下からの斬り上げの一閃。
きん、とわずかな金属音と硬い手応え。剣閃で切り裂かれた炎の向こうに、切っ先が魔王の腹をかすめたのが見えた。咄嗟に短剣でいなして直撃を避けたらしい。なんという反応速度だ。
直後、いまだ消えやらぬ炎から魔王が飛び出して床に転がり、すぐに立ち上がった。
「あっぶな……! 今の攻撃、首を落とすつもりで狙ってたやろ、殺す気ぃか!」
「そんな程度で死なないでしょ、魔王は」
ふう、と息をついて、腹部の小さな切り傷はもちろん、致命傷レベルでザックリ斬った魔王の首の傷が瞬くうちに治っていくのを見つめる。私の自動回復よりも強力な『超回復』だ。初めて見たが、この治癒速度は反則が過ぎる。胴体を真っ二つにしても復活するんじゃないだろうか。
だが、傷を負って出血したということは、剣の物理攻撃は通るということ。『超回復』も傷を治すだけで体力回復はほとんどしないし、戦闘行動中に発動しないという欠点がある。休む暇を与えない攻撃を続ければ、魔王を倒せるだろう。
それがわかれば十分だ。
「それにしても……ただでさえ神速の剣撃をさらに超加速して、雷撃すら止まって見えるあたしの目に残像を見せるとか信じられへん。それに何や、聖剣がめっちゃ重くなったやつ。さすがにビックリしたわ。……ホンマとんでもないな、勇者の攻撃は」
「そりゃこっちのセリフ。残像を使って胴を狙うと見せかけて首を狙ったのに、間一髪で剣の軌道を逸らされて斬撃が浅くなったし、そのあとの攻撃も意表を突きまくったのに結局入らなかったし……魔王の体術と反応速度がこれほどとは思わなかった。それも靴がハイヒールで、だよ。ありえない」
ふふ、と互いに笑い合って、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます