第14話 来ちゃった
明日の午後くらいにまた来ます、と玉座に書き置きを残して王都に戻り、宿のベッドに倒れ込んでようやっと一息ついた。
「…………」
魔王の指輪を灯りにかざし、とんでもないものを作ったものだと改めて感心する。
『鑑定』スキルで組成や効果を調べようとしても、すべてが解析不能だった。『鑑定』に『強化』をかけるという勇者ならではの反則技を使っても解析できない。おそらく人間では理解できない知識と技術で作られているのだろう。そうでなければ女神の恩恵の
それにしても。
これを見せられなければ、私は魔王のほうが強いと思い込んでいろいろと覚悟をしていたところだ。本当に魔王がアホの子で助かった。
「さて、どうしようかな……」
魔王が私より弱いと言っても、その差はほんのわずかなのだろう。まざまざと見せつけられたその力に、私は必ず勝てると言い切れない。戦えば、歴代勇者と魔王の戦闘と同じく相討ちになる可能性が高い。それは嫌だ。
できることなら当初の目的通り、剣を交えずに落としどころを探りたいところだ。
……あんな西の国訛りの可愛らしい(ちょっとアホな)美少女と殺し合いなんてしたくないし。
魔王が望むのは、魔界の住人の生活安定。そのために人間を滅ぼして世界を魔族のものにしようとしている。
人類が望むのは、魔王から世界を守り、平和を保つこと。そのために魔王とその軍勢を退けようと戦っている。勇者である私がその先頭に立って。
この両者の落としどころはどこにあるのだろう。話し合いでどうにかなる次元なのか。
少なくとも、
そうすると結局、
しかし、その力もほぼ互角で、相討ちになるのが目に見えている。だから話し合いを、と思っているわけであって。
でも落としどころが見当たらなくて……以下、ループ。
「……ダメだ、頭が回らない……」
意表外のことを立て続けに見せられて、精神的に疲労しすぎている。
まだ日の入りまでかなりの時間があるが、今日はもう寝よう。そして明日朝にでもギルドで相談しよう。何かいいアイデアをくれるかもしれない。
聖剣を置き、鎧を脱ぐ。パジャマに着替えようかどうかを迷って、億劫になってそのままベッドにダイブした。
目を閉じるとすぐに睡魔が襲ってきて、その数秒後には眠りに落ちた。
翌日、日の出よりずっと早くに目が覚めた。
精神的な疲労はまだ少し残っている感じでもっと休息を欲しているが、空腹で体のほうが音を上げていた。考えてみれば、食事をしたのは昨日の朝食が最後だ。昼も夕も何も食べていない。食べないと寝ることすらできそうになかった。
しかし、さすがにこの時間では食堂が開いていない。夜通しで酔っ払いの相手をさせられた不幸な酒場があるかもしれない、というところだろうか。
そっちに行ってみようかと少し考え――結局は携帯食料で済ませることにした。
うら若き十代のオトメである私が、夜通し管を巻くような酒臭い酔客のいる酒場に出向くのは身の危険があってよろしくないとの判断だ。お酒飲めないし。
荷物から携帯食料入れを引っ張り出し、何が残っていたかなと手を突っ込む。
「うげぇ……」
取り出したのは、魔王に献上したバグトパンの余りものだった。日持ちと腹持ちがよく携帯性にも優れ、なおかつ栄養満点でお手頃価格なので携帯食料としては超がつくほど優秀なのだが、いかんせんカッピカピに乾燥していて死ぬほど硬くて不味い。
正直こんなものを一日の始まりに食べたくはないが、どうやらこれしか残っていないらしい。しかたなくこれを食べることにした。
「ごめんね……魔王……」
話し合いの席に出てきてもらうためとはいえ、こんなものを食べさせた自分の残酷さと愚かしさを懺悔しながら、空き腹を満たしたのだった。
二度寝から目覚めて涙に滲む朝日を眺め、宿の前の通りに人がちらほら見られるようになったころ、私は冒険者ギルドへ赴いた。
受付でオリビエさんに挨拶して
「へえ、珍しいですね」
「ギルマスは本来お忙しい人なんです。
「えっ……私はランスさんの特別な人だったの……? やだ、そんな……」
「そういう意味ではありません」
「わかってますって。冗談ですよ」
ひらひらと手を振って笑い飛ばす。
「で、その来客ってどんな人?」
「この人も
「ふぅん……どこかの偉い人だったんですかね」
「ギルマスの反応を見ていると、そうなのかもしれません。長い金髪で、瞳が
「ほほう」
「黒いドレスがよく似合う、西の国訛りを話す美少女でした」
「へぇ、西の国訛り……美少女…………んん?」
気のせいか。
つい最近、そういう人物に会った気がするのだが。
いやいや。まさかね。
その子には立派なツノがあって、それを見たらオリビエさんも変だと思うだろうし、そう思わなかったということは別人なんだ。そうさ、他人のそら似だ。
……と思っていると。
「おー、勇者やん。待っとったでー」
唐突に。
二階からそんな声が降ってきた。
振り仰ぐと、オリビエさんが説明した風体の美少女が階段の上から満面の笑顔で手を振っているではないか。その後ろにげっそりと顔色の悪いランスさんが立っている。
ツノがないけどやっぱり魔王だぁぁぁぁッ! 何やってんだこの子はっ⁉
私は声にならない叫びを上げながらダッシュで階段を駆け上り、魔王とランスさんを両脇に抱えて執務室に飛び込んだ。
「で、魔王。なんでここにいるの? 昼から行くって言ったよね? それとツノはどうしたの?」
「勇者があたしの指輪を持ってったからやろ。アレがなかったら勇者が城に来たときにあたしらが異空間に飛んでまうやん。あ、ツノは擬態魔法で見えてへんだけや。ちゃんとあるで。人間に見られたらまずかろうと思うてな」
「お気遣いありがとう。指輪がなくても飛んでないけど?」
「根性入れて勇者に敵意を向けんようにしとるからや。結構キツいんやで、これ」
殺気とか敵意って根性でゼロにできるんだ。そういえば四天王の二人も特訓でゼロにしてたっけ。魔族すげぇ。
「せやから、指輪返してーな」
「…………。返した途端に暴れたりしないよね?」
「せぇへんて。あたし魔王やで。しょうもないウソついたりせぇへんわ。大体、そのつもりやったら部下を連れて来るし」
「…………」
まあ、そんな駆け引きができる子じゃないし、大丈夫か。
ポケットに入れておいた指輪を取り出し、渡す。
「ありがとなー。……いや、勝手に持って帰られたから『ありがとう』は変やな。何て言うたらええんやろな」
そんなことをブツブツ言いながら指輪を中指につけた。途端に魔王の体から敵意が噴き出す。といっても、普通の人が見知らぬ他人を警戒する程度の薄いものだ。小さな子供でも影響を受けるほどではない。
レアスキルはこの程度の敵意すらも感じ取ってしまうのか……冗談抜きでピーキーなんだな。
「あー……楽になったわー……。殺気が出るの、ずっと我慢してたからなぁ」
「いやそんなギリギリでトイレに駆け込んだ人みたいなこと言われても」
「ぶふっ、おもろい例えかたするなぁ、勇者は」
しばらくゲラゲラと大笑いして、ふと表情を引き締める。その唐突さと鋭い目つきで、きん、と部屋の空気が凍りついたような錯覚を起こした。いや、いつのまにか立ち上がっていたランスさんが金縛りにかかったように、身動きひとつ、まばたきひとつしなくなっている。魔王の威圧感で微動すら封じられてしまったようだ。
「で。昼から勇者が城に来るのに、わざわざ朝から
「うん」
「勇者と全力で戦おうと思って」
言って、魔王はニヤリと口の端を吊り上げた。
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