第11話 自覚のない人は困る

 少し落ち着いてもらわないとランスさんの血管が切れて大変なことになりそうだったので、熱くなった気持ちと体を冷やしてもらうために、口の中でこっそり氷系魔法を唱えて室温を下げた。暑い夏を乗り切るために研究した魔法がこんなところで役に立つとは、人生わからないものだ。


「ちゃんと説明しますから、お茶でも飲んでクールダウンしてください」

「……いいだろう」


 低い声でうなずいて、ランスさんは職員にお茶を命じた。

 そのあいだお煎餅せんべいを食べながら彼を観察していたのだが、厳つい顔をぴくぴくさせ、こめかみに浮かび上がる血管が尋常じゃなく増え続けていた。きっとなかなかお茶が出て来ないからおかんむりなのだろう。急いであげて、職員さん。


「お、お待たせしました」

「うむ……」


 やがてよく冷えたお茶が運ばれ、職員が逃げるように退室したあとにランスさんがそれを一息で飲み干すと、私をじっと見つめて黙した。説明を始めろ、ということらしい。

 待って、お煎餅を食べ終わってからにして。


「だから、のんきに煎餅食ってる場合じゃないと……」

「急かさないでくださいよ。お煎餅を食べるときはね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われていなきゃあ……」

「知ったことかぁッ!」


 せっかく冷えたのに、また沸騰するランスさん。

 しょうがない人だ……。


「落ち着いてくださいって。例のレアスキルのせいで魔王を倒せなくなって、私は生活費のために薬草採取しながらもずっと考えていたんですよ」

「何を? 王都周辺の薬草分布図鑑を作って売り出すことか?」

「なっ、なぜそれを……⁉」

「商業ギルドに勇者が相談に来たと報告が入っているからな。ちなみに『薬草分布図鑑』はもうすでに発行されているから、いまさら作っても売れないぞ」

「ぐぅッ……」


 飽きるほど繰り返した薬草採取で得られた穴場情報を本にしたら売れると思ったのに……夢の印税生活が泡と消えてしまった。残念。


「そんなことはどうでもいい、本題を頼む」

「そっちから振っておいてその言い草……すみません真面目に話します」


 今ほど満面の笑顔のランスさんが怖いと思ったのは初めてかもしれない。


「考えていたのは、魔王の人類侵攻を止める方法ですよ。これでも一応、勇者ですから」

「ほほう。それが魔王との文通?」

「ええ、魔王と意思疎通する手段として、手紙を使うことにしたんです。直接対面できなくても、手紙という形なら私の考えや要望を伝えられると思ったので」


 冗談で「手紙でも書くか」と呟いたことが、実は有効な手段だと気づいたのだ。戦闘抜きで問題を解決できるかもしれない画期的な方法――それが古典的な『手紙』だった。


「初めの手紙には、人類侵攻の理由を問い、それをやめてもらいたいこと、できれば話し合いたいことを書きました。それに加えて女神のスキルセーフティジャーニーの効果、私の自己紹介、もし聞きたいことがあれば王都の冒険者ギルドに手紙を寄越してもらうようにと。文面もしっかり考えて、失礼のないように」

「魔王がそんなもの取り合うはずないだろう」

「ですね。特に例のレアスキルで魔王が消える……ということを認めるはずがないと思っていました。なので、レアスキルの効果を知ってもらうためにしました」

「……いろいろ、とは?」


 額に汗なんぞ垂らしつつ、ランスさんの眉根がぎゅっと寄る。

 いや、そんな怖い顔をしなくても、無茶なことはしていませんってば。

 ともかく。

 初めの手紙を出した十日後より始めたことと、そのときに添えた手紙の文面を事細かに説明した。

 すると。


「アホか貴様!」


 またもランスさんがキレました。

 怒りっぽい人だなぁ……。ギルマスなんだから、オリビエさんみたいに冷静沈着でいて欲しい。


「お前のやっていることはただのしょうもない嫌がらせじゃねーか! しかもちょっと気遣っているふうを装ってしっかり追い込みかけているのが余計にたちが悪い! 世界で一番辛い調味料パレッツァチリペッパーを大量に食べた口に冷たい水、しかも炭酸水を流し込んだら余計にからいどころか激痛が走って逆効果になるのは全人類が知っている常識だろうが! そんなことされたら魔王でなくともキレるわ! むしろそんなしょうもない嫌がらせに一か月も耐えた魔王に感心するわ!」

「えー……人の厚意をそんなふうに捉えるなんて、どんなひねくれた人生を歩んできたんですか」

「そりゃこっちのセリフだ! どこがどう歪んだらそんな卑怯でセコいことを思いつけるんだよ⁉ カンストした知力INTの使いどころを間違い過ぎだろ! それでも正義と平和のために戦う勇者かお前は!」

「勇者ですよ?」

「認めたくねぇぇぇぇッ!」


 頭を抱えて絶叫し、ランスさんはソファごと後ろにひっくり返ってしまった。大丈夫か、この人。

 とりあえず頭でも打っていたら困るので、またもこっそりと回復魔法をかけておく。


「でも、この策で魔王が人類侵攻をやめたっぽいじゃないですか。人類なんてどうでもいいと手紙にそう書いてありますし。喜ばしいことですよ」

「いや、まあ、昨日と今日は魔獣が現れていないという報告は入っているが……別に珍しいことでもない。だって人間の抵抗に無傷ってわけじゃないからな、毎日続けて侵攻するだけの戦力が常にあるわけじゃないだろう」


 言いながらランスさんは起き上がり、転げたソファを元に戻して座り直した。

 正直なところ、私が貧乏生活を強いられているのに贅沢三昧をしている魔王に嫉妬して多少シュミに走った部分があることは認めなくもないが、魔王の敵対心ヘイトを私に集中させることで人類への脅威を逸らす目的があったのだ。ランスさんの言葉からも、一応それは成功しているのではないかと思っている。

 もちろん私一人で魔王の軍勢すべてを相手にするのは大変だろうが、女神ポンコツのスキルのおかげで戦闘に発展するケースは想定していない。半径二百メートル圏内で私に敵意や殺気を向ける魔物は異空間に飛ばされるのだから。圏外から魔法や投擲武器で攻撃されても、それがレベルカンストでスキル盛りまくりの私に通じるはずもないし。


「それで、勇者さま。このあとはどうするんだ?」

「魔王と話し合いの場を持ちたいですね」

「しょうもない嫌がらせで魔王はブチ切れてる。無理だな」

「話し合いの場に出てこないと言うなら、私はを続けるだけですよ」

「…………。俺は今、人間として決して考えてはいけないことを考えてしまった……」

「魔王が不憫だとか思ったんですか?」

「…………」


 図星のようだ。けしからん。


「魔王も、私の迷惑レアスキルの効果を潔く認めれば嫌がらせを受けずに済むのに、強情を張るから……」

「嫌がらせって言った⁉ 今嫌がらせって言ったな⁉ 自覚アリか、この外道!」

「まあ、私の仕業だとにわかに信じられないのはわかるけど……誰にも気づかれずに手紙を魔王城の玉座の間やダイニングに置かれているという現実は直視して欲しいなぁ」


 何やらわめいているギルマスはさておき、魔王が冷静に判断してくれることを願う。

 魔王にしてみれば、魔王城の近辺にわたしが現れたと思ったら急に気配が消えて、衣食住に唐突な異変が起きているという意味不明な現象に見舞われているのだ。もし手紙で私のレアスキルのことを知らせなければ原因がわからず混乱していただろう。

 恨みのこもった返事を寄越したことからして、勇者わたしの仕業だと理解したのは間違いないけれど、やはり私より自分が弱いと認めるのは魔王のプライドを鑑みればできないのかもしれない。

 しかし……認めなければ話し合いは実現しない。

 だから私は、魔王が認めるまで根気よくを続けるつもりだ。

 私はあくまで平和的に話し合いでの解決を望んでいるのだから。

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