第8話 そのとき勇者に電流走る

 オリビエさんの話は、簡単に言えば『実験』の提案だった。

 『旅の安全セーフティジャーニー』の特性を、女神から聞いた説明より深く把握する方法を考えてくれたのだ。


「勇者さまのレベルやステータス値が魔王を上回っていることでレアスキルによって消されてしまうのであれば、それを下げてみるというのはどうでしょう」

「いや、レベルは上がるけど下がらないよ?」

「そこです。勇者さまは『パーティレベル』というものをご存知ですか?」

「……? 何それ?」


 今までパーティを組まず、常に一人で戦ってきた私にはよくわからない言葉だ。


「簡単に言うと、パーティ全員のレベルの平均値のことです。パーティにレベル一〇〇のAランク冒険者一人とレベル一〇のEランク冒険者が十人いた場合、パーティレベルは二〇くらいになってしまうんです。擬似的ではありますが、Aランク冒険者のレベルが下がることになりますし、実際に戦闘時はAランク冒険者の体力や攻撃力などのステータス値が下がる『レベルダウン効果』が出るようです。パーティ内で極端にレベル差がある場合のみ、という条件はありますが」

「ほほう。そんな作用があったんだね」

「ですので、勇者さまもレベルの低い冒険者とパーティを組んで、レベルダウン効果でレアスキルを緩和できないかと」

「なるほど、いいアイデアかもしれな……」

『はっはっは。何やら面白い話をしておるようじゃが、無駄じゃ』


 唐突に話に割り込んでくる女神の声。また盗み聞きしてやがったなポンコツ女神め。


「またいきなりの登場ですね。何しに来たんですか」

『何しに、とは相変わらず敬意の欠片もないご挨拶じゃのう』

「はいはい。すみませんね」

「……? どうした勇者さま、誰と話している?」


 ランスさんたちには聞こえていないのか、天井を見上げながらしゃべりだした私を怪訝そうに見ている。


「ああ、ええと……女神サマが今、話しかけてきて」

「女神さまが⁉ どこに⁉」

「私の頭の中に」

「…………。超級回復薬エリクシル、飲むか?」


 優しいというか生温かい感じでランスさんは微笑みながら言った。

 ちょっと待って⁉ 私なんだかイタい人扱いされてない⁉


「あのー、女神サマ。この二人にもあなたの声が届くようにしてもらえないですかね。でないと私、アタマがどうかしちゃった人になっちゃうので」

『よかろう。そっちの二人はお前と違って信心があるようじゃしの。我が声を聞くがよいぞ』

「おお⁉ これが女神さまの御声か! なんと神々しい!」


 落ち着けギルマス。女神そいつはただのポンコツだ。

 とりあえず女神の声が私の妄想ではないと信じてもらえたところで、先ほどの『無駄』という発言はどういう意味だと問いかける。


『我の自信作がパーティレベルなんぞに影響されるわけがなかろう。有象無象の冒険者がいくら仲間になろうと関係ない、使用者のレベルのみが効力の強さを決めるのじゃ』

「えぇ……」

『ちなみにステータス降下デバフ系の魔法やアイテムを使用されても、降下する前の数値を反映するから意味がないぞ。まあ、お前は状態異常系の攻撃を完全無効化するスキルを持っておるようじゃからデバフは効かんし、初めから関係なかったな』

「……だそうです」


 言葉尻を受けて締めくくると、ランスさんとオリビエさんは脳内に響く女神の声が本物であることに驚きつつ、深く嘆息した。

 その他にもいくつか考えていたアイデアを披露するも、ことごとく女神に打ち砕かれ、次第に二人の表情に疲れと悲嘆が蓄積していった。必死に考えたアイデアをこうもあっさり否定されたのだからしかたないけれど。

 というか、女神が人間の希望をことごとく打ち砕くというのはいかがなものか。ひょっとしてこいつは女神をかたった魔神なのでは?


「じゃあ、何かいい方法を教えてくださいよ。女神サマ」

『バカもん。我が完璧だと思って作ったスキルの弱点を教えろとは、無礼にもほどがあろう。それに、人界のことに神がむやみに干渉するのがどれだけ危険かわかっておらんな。今回のスキルも、お前が並ならぬ努力を重ねたところに感心して、気まぐれにくれてやった褒美じゃ。それ以上、我は干渉する気はない』

「努力を認められて授かったレアスキルでさらに苦労を背負いこむのは納得いかないんですが」

『減らず口の多いヤツじゃな……。女神の恩恵に感謝する心を持たんヤツなどもう知らん。勝手にせい、我は帰る』

「あっ、ちょっ、帰るならこの迷惑スキルを消してから……女神サマ? 女神サマ⁉ うわ、言いたいこと言って絶望だけ残して帰りやがった! このポンコツ女神がぁぁぁぁッ!」


 がん! とテーブルに両拳を叩きつけて怨嗟の雄叫びを上げる。

 少々力が入ってしまったらしく、体から噴き出した闘気の圧力で高級木材の一枚板でできたテーブルがヒビ割れから粉々になり、床材が割れ、壁板が剥がれ、土壁がはじけ飛び、窓が吹っ飛んだ。ついでにランスさんとオリビエさんも吹っ飛んだ。

 この力があれば魔王と戦えるのに、それができないなんて……歯がゆくて狂いそうになる。


「勇者さま……」


 悔しさにギリギリと歯を食いしばる私を見つめて、本棚に叩きつけられた姿勢のままのランスさんは静かに口を開いた。


「テーブルと部屋の修理代、俺とオリビエの治療費は超級回復薬エリクシル三本と相殺な?」


 殺気のこもった笑顔で言ってこともなげに立ち上がると、返してもらえる予定だった超級回復薬エリクシルの瓶(さすが超レアアイテム、吹っ飛んでも割れてなかった)をそのゴツい手でしっかりとキープした。


「吹き飛ばされて汚れた服の洗濯代と、時間外の残業代もお願いしますね?」


 オリビエさんもちゃっかりそう言って、にっこり笑った。



 結局、ギルド職員たちが頭をひねって提案してくれた方法では解決しないことがわかり、一切の打開策を見つけることもできず、『旅の安全セーフティジャーニー』が超絶高性能ポンコツレアスキルであることを再確認しただけで終わった――で済めばまだよかったのに、超級回復薬エリクシルを三本失うという多大なる損失まで負ってしまった。

 私が一体何をしたというのだろう。何か悪いことをしただろうか。

 そんな自問自答を繰り返しながら、陽の落ちた大通りをとぼとぼと宿に戻ってきた。

 夕食後に出掛けていたので、部屋に入ったときは宿の人がつけてくれたランプの淡い明かりが灯っていた。その温かな心遣いと、ゆらゆらと頼りなく揺れる炎の心許なさに思わず涙が出てしまった。

 はうぅ、と憂鬱なため息をつきながらベッドに仰向けにダイブする。背負った聖剣の鞘がゴリっと背骨に当たって痛かった。


「…………」


 こうしている間にも、魔王は立派で美しい魔王城から勢力を伸ばし、侵攻を繰り返している。人類との力の差は歴然で、その他愛のなさに玉座にふんぞり返って高笑いを上げていることだろう。

 私はそれを止めるべく、聖剣に選ばれた勇者。レベルも最高値カンストだ。不本意ながら女神のスキルのおかげで魔王より強いことが証明されている。

 なのに、魔王を倒すことも叶わず、食うに困るような貧乏生活をしている。

 なんなのだろう、この格差。

 正義のため、平和のために努力を重ね、戦ってきた私がどうしてこんな目に?

 勇者には試練がつきものとはよく言うが、こんなのってあんまりじゃないか。

 強くなるための試練なら、いくらでもこなしてみせるよ。実際にこなしてきたよ。

 でも、これは違うよね?

 ……ダメだ、涙が止まらない。


「もう勇者なんてやめて、魔王の仲間になろうかな……」


 なんて、バカな考えが浮かぶ。

 もちろん無理に決まっている。

 勇者が魔王に寝返るなんて前代未聞だから、ではない。

 魔王に会いに行ってもレアスキルのせいで消えちゃうのだから、話すことすらできないのだ。そんな状態で仲間にしてくれとどうやって伝える? 手紙でも書くか?


「…………あ」


 に思い当たった瞬間、雷撃系の魔法を浴びたような衝撃が体中を駆け巡った。

 私の頭の中でパズルのピースをはめ込むように、カチャ、カチャ、と思考の断片が組み上がって、一つのアイデアが形を成した。

 迷惑スキルセーフティジャーニーの特性を利用した、起死回生の奇策……!


 この方法なら……なんとかなるかもしれない。

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