第7話 記憶、閃光のように

 女神サマからレアスキル『旅の安全セーフティジャーニー』について説明を受けて、魔王を倒すための方法を考える日々が続いている。ついでにほっぺをつねり損ねたので、リベンジの機会も窺っている。

 来る日も来る日も薬草採取で小銭を稼ぎ、月に一度程度で舞い込む商人団の荷馬車の護衛任務(こういうときはレアスキルが非常に役立つ)で平和な旅を満喫しつつふところを少し温め、その日はちょっとだけ豪華な夕食に舌鼓を打って、もっと護衛任務が増えたら本業にできるのになぁ……と勇者にあるまじきことを本気で考え始めた、そのときだった。


「あーっ!」


 唐突にに気がついて、思わず声を上げてしまった。

 周囲にいた食堂の客が驚いて一斉にこちらに注目しているが、そんなことに構っている場合ではない。大慌てでテーブル上の料理を口に放り込み、ジョッキに残ったお茶を一気に飲み干し、お勘定を済ませて食堂を飛び出す。

 その足で冒険者ギルドに全力疾走。


「オリビエさぁぁぁぁん! ちょっと待ってぇぇぇぇ!」


 ちょうど勤務を終えて帰宅しようとギルドから出てきたところらしいオリビエさんを呼び止めて、いきなり大声で名を呼ばれて戸惑う彼女に駆け寄る。


「なんだ、勇者さまですか……。慌ててどうしたんです?」

「私、とても重大なことを思い出したんですっ!」

「重大なこと……? 例のスキルのことですか?」

「そうっ! それっ!」


 怪訝そうな表情が真剣なものに変わり、オリビエさんは小さく息をのんだ。


「今日の仕事は終わったんですけど……その様子ではそうも言っていられないようですね。ギルマスにも聞いてもらいましょう。どうぞ」


 受付娘モードに入ったオリビエさんはギルドに引き返し、ギルドマスターの執務室に案内してくれた。

 ランスさんギルマスはデスクで書類にペンを走らせていたが、帰宅したはずのオリビエさんと私が揃ってやってきたのを見て緊急の要件だと悟ったらしい。すぐに手を止めてソファを勧めてくれた。……今日はお煎餅せんべいがない。残念。


「ギルマス、勇者さまが重大なことを思い出したと」

「ほう。聞かせてもらおう」


 低く呟き、眉根を寄せて私を見る。


「この前、フレイムリザード討伐で瀕死になって戻ってきたパーティがいましたよね」

「ああ」

「その剣士が言ってたと思うんですけど、フレイムリザードに全滅させられると思ったときにヤツがいなくなった、と」

「オリビエの報告書にはそうあったな。そのおかげで洞窟から逃げ延びられたのだろう」

「それって、なんじゃないですか?」

「…………」


 何が言いたい、とランスさんの視線が鋭くなった。

 それを真正面から受け止め、私は続ける。


「私の接近に気づいたフレイムリザードが私に敵意を向け、レアスキルの効果で消えてしまい、彼らが全滅せずに済んだということになりませんか」

「偶然かもしれんが……可能性はある」

「そうですよね?」


 ランスさんの言質を取って、オリビエさんに目線を移す。

 これまでは。ここからがだ。


「オリビエさん」

「はい」

「今の話でおわかりいただけたと思いますが、私のせいで彼らが負傷したどころか、んですよ」

「そのようですね」

「そうですよ。なのに、なんで私、超級回復薬エリクシルを供与させられたんですかね?」

「勇者さまの慈悲深いお心の賜物ではないですか?」

「違うわ!」


 平然とすっとぼけたことをのたまうオリビエさんに、思わずエキサイトして叫んでしまった。だが、声に出してしまった以上、もう止められない。


「オリビエさんが『オマエのせいだ』みたいな目で私を見るから、しかたなく出したんですぅ! 無言の圧に強奪されたんですぅ!」

「はて、そのようなことをした覚えはないのですけれど……」

「そうですかそうですか、じゃあ思い出させてやるぁ!」

「うわわわわっ! 待て! 落ち着け! 剣を抜くな! 戦闘用スキルを起動するな!」


 聖剣に伸ばした私の手をガッチリつかんで、ランスさんは悲鳴のような声をあげた。

 だが、私は勇者だ。レベルもカンストしている。いくら剛腕のランスさんであろうと、それで私を止められるとでも思っているのか。

 遠慮なく振り払い、聖剣を抜く。


「オリビエ! ギルドで保管している超級回復薬エリクシルをこいつにくれてやれ! ギルマス権限の命令だ!」

「わかりました。すぐにお持ちしますね」

「勇者! 今のを聞いただろう! だから落ち着け!」


 抜き払った聖剣でテーブルを真っ二つにする寸前だった私は、それなら……と剣から手を離した。置いた聖剣の重さに耐えきれず、ばぎっ、と鈍い音を立てて高級なテーブルにヒビが入る。これは私を怒らせた代償だ。黙って受け入れていただく。

 戦闘スキルを解除し聖剣を鞘に納めると、額に珠の汗を浮かばせ、肩で息をするランスさんは心底ほっとしたようにソファに腰を下ろした。呆れたような、憐れむような、何とも言い難い表情で私を見つめる。


「お前なぁ……」

「なんですか。私は間違ったことを言っていませんよ」

「それはわかるが、ブチ切れて一般人に戦闘用スキルで斬りかかるとか、勇者のすることじゃないだろう。レアアイテムの提供だって、人助けは勇者の責務とかなんとか言ったのはお前じゃないか……」

「あんなの建前です。本音を言っても怒られない人にはそれがわからんのですよ。勇者にだって生活があり、それには先立つものがいるんです。超級回復薬エリクシルを一つ売るだけで、最上級グラスバフルの焼肉を毎食おなかいっぱい、一年分くらい食べられるんですよ? 今回、あのパーティには三本渡してますから三年分ですよ? 薬草採取のクエストじゃ、三年に一度食べられるかどうかなんですよ⁉ わかりますかこの差が⁉」

「いや……なんか……大変なんだな……。すまん」


 言ってて悲しくなってきたところにランスさんから本気マジ謝りされてしまい、思わず泣きそうになってしまった。

 ソファに崩れ落ちてうつむき、はあ、とため息をつく。

 なんでこんな目に遭わなきゃならないんだろう……。

 それもこれも、あのポンコツ女神のダメスキルのせいだ。

 このレアスキルのせいでその辺の魔物を倒して路銀稼ぎができなくなったし、討伐クエストも受けられない。採取クエストは駆け出し冒険者用がほとんどなので私のレベルだとギルド側から「遠慮してください」と引きつった笑顔で言われるし、護衛任務も雇い主が「勇者さまに護衛をお願いするなんてとんでもない!」と断ってくる(ギルド依頼時に『勇者さまお断り』と条件をつけられるらしい)ことが多いし、なかなかまとまった報酬を得られないのだ。

 そのうち、薬草採取では追いつかなくなって持ち物を売りに出して飢えをしのぐようになるかもしれない。

 ……本気で泣けてくる。


「お待たせしました」


 オリビエさんが戻り、超級回復薬エリクシルを二本、テーブルに置いた。

 ……二本?


「私が提供したのは三本だったはずでは?」

「申し訳ありません。今、ギルドにあるのはこれで全部なのです」

「そういうことだ、勇者さま。もう一本はいずれ必ず返すと約束しよう。証文も書く。だから今は勘弁してもらえんだろうか」


 言って、ランスさんが頭を下げる。オリビエさんも同様に。


「……わかりました」


 そうまで言われては致し方ない。ないものを出せと言うわけにもいかないし。

 実のところ、超級回復薬エリクシルの手持ちは十本以上あるし、今すぐ返してもらわないと困るというわけでもない。ここは引いておこう。

 ……ギルマスの地位を持つ元冒険者のランスさんでさえキレた私にビビったというのに、実に平然としていたオリビエさんは多分怒らせてはいけない部類の人だと思うし。


「返還を待っていただく代わり、というと語弊がありますが、勇者さまのお力になれるかもしれないお話があります。もちろん例のスキルのことです」

「え? 本当に?」

「はい」


 にっこり笑ってうなずいて、オリビエさんは話を始めた。

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