第6話 女神降臨 のち 絶望

 採取した薬草の買取価格全額でようやっと確保できた安宿の一室。

 あまり寝心地のよくないベッドに身を投げ出し、私は空き腹を抱えて考え事をしていた。

 もちろん考えることは、これからどうやって生活していくかである。

 このままでは魔王を倒すことはできない。かといって、放置すれば人類が滅ぼされてしまう。

 私の他に勇者が誕生して、そっちで魔王を倒してくれると助かるのだが……勇者の資質を持つ者はその時代にただ一人と決まっているらしい。つまり、私の死後でなければ新たな勇者は誕生しないということ。不便かつ冗談じゃない仕様だ。


「ううん……」


 それにしても、女神はどうしてこんな仕様のスキルを作ったのだろう。

 常時発動で取得者より少しでも弱い――魔物のレベルやステータスが一ポイントでも低ければ出現させないなんて、ピーキーすぎて扱いづらい。レベル上げをするのに、常に自分よりレベルが高い魔物と戦わなければいけないのは致命的にキツいだろう。……あ、だからレベル上げの必要がないカンストの褒美なのか。

 もう一度、女神に会って話を聞いてみたいけれど……どうやったら会えるのかわからない。何かをお供えして祈ればいいのだろうか。


『ふん、われをポンコツ呼ばわりするような不敬な輩に話すことなどないわ』


 唐突に、私の頭に直接響くような女性の声が聞こえた。

 あの夜、夢の中で聞いたものと同じものだ。


「ひょっとして、女神……?」

を付けよ、無礼者』

「ちょうどよかった。聞きたいことがあるんだけど」

『……我を神だと思うておらんな、貴様』

「あんなクソ迷惑なスキルを押し付けて私の人生を真っ暗にしておいて神扱いされるとでも?」

『そんな口のききかたをしておいて、我がお前の質問に答えるとでも?』

「すんませんっした!」


 即座にベッドを降りて土下座を敢行。明らかに女神が戸惑っている気配。


『手のひら返しの即土下座とは。勇者のプライドはないのか、お前は』

「プライドで問題が解決するなら、土下座なんかしませんけど」

『…………』


 沈黙。

 はあ、と女神のため息の音が脳内に響く。こそばゆいのでやめてほしい。


『まあよい、話くらいは聞いてやろう。しばし待て』


 その言葉のあと、いきなりベッドの上に光の塊が出現した。その眩しさに目を閉じ、しばらくしてゆっくりと目を開けると、光の中から人が現れた。

 銀色の長い髪に同じ色の瞳、青い縁取りの入った白いローブを身にまとい、金色に輝く宝飾品を首と腰にあしらって、青い宝石のついた木製の杖を手にしている。

 彼女を包む雰囲気は神気に溢れ、人間を超越した存在であることを示していた。

 間違いない。彼女が女神だ。


「……子供……?」


 ただし、見た目は四、五歳くらいの幼女サイズだ。少し生意気そうな印象の顔立ちが見た目の年齢相応に似合っていて、思わず可愛いと思ってしまった。

 そんな外見の女神は、サイズに見合わぬ偉そうな態度でベッドに仁王立ちしながら、床に正座する私を見下ろしていた。


「それで、話とは何じゃ?」


 声も先ほどまで頭の中に響いていた大人の女声ではなく、見た目通りの幼いものに変わっていた。そのせいで話しかたとのギャップがすごい。滑稽こっけいで、という意味で。


「この前いただいたレアスキル『旅の安全セーフティジャーニー』のことなのですが」

「便利じゃろ? なにせ我の自信作じゃからの」

「ええ。便利過ぎて私の人生が終了しそうです」

「そうか、嬉しいか。もっと喜んでよいぞ」


 得意満面の笑顔で喜ぶ女神。

 皮肉が通じていないので直接攻撃に切り替える。


「スキルのネーミングが神とは思えないくらいダサくないですか?」

「ケンカ売っとるのか貴様」

「言ったのはギルマスですよ。私に怒らないでください」

「あやつは『微妙な名前』と言ったのじゃ。ダサいとは言っておらん」

「そうでしたっけ?」

「ええい、そんなことを聞きたいわけではなかろう。はよう本題に入れ」


 実はちょっと気にしているのかもしれない。視線を逸らして頬を膨らませるというわかりやすい仕草が、子供っぽい容姿に似つかわしくて思わず微笑んでしまった。

 というか、私とランスさんの会話を盗聴さきかれていたらしい。ポンコツ呼ばわりしたことも知っていたし……気をつけたほうがよさそうだ。


「どうして常時発動型にしたんです?」

「常時のほうが便利じゃろう。それに、切り替えできるように作るのが面倒だったからのぅ」

「面倒とな。今からでも任意発動にできませんか」

「面倒だと言ったろう。本当に人の話を聞かんヤツじゃな」

「できない、のではなく?」

「…………」


 できないらしい。ますますもってポンコツだな、この女神。


「できないわけではないぞ。お前の態度が気に入らんからせんだけじゃ」

「ではそれを改めればしていただけるので?」

「我が認める態度を取るのであればな」


 いや、認める気はさらさらないな。引きつった笑顔とあさってを向いた目でわかる。勇者スキル『顔色窺い』をなめないでいただきたい。

 しかし……スキルを作った女神でも変更できないとなると、現状の仕様で解決策を見出さないといけないわけで、それにはスキルについてよく知っておく必要がある。


「わかりました。ではスキルの仕様について、いくつか質問をよろしいでしょうか」

「よいぞ。特別に許す」


 偉そうに胸を張って、女神は私を見下ろした。

 事が済んだら、絶対にちょっと紅をさしたようなぷくぷくほっぺをつねってやる。



 レアスキル『旅の安全セーフティジャーニー』。

 スキル取得者より少しでもレベルやステータス値が低い魔物を効果がある。効果範囲に入った魔物が逃げ出す『魔除け草』と違い、消してしまうらしい。正確に言えば、『てつくときの間』と呼ばれる現世と神界の狭間に存在する、時間の流れが停止した異空間に魔物が転移するのだそうだ。

 スキルの効果範囲に入って異空間に飛ばされた魔物は、時間が止まっているため生命活動が停止するが、『死』も停止するので死ぬことはないらしい。

 そしてスキル使用者が移動し、効果範囲を外れると、また元の場所に戻ってくる。戻るタイミングは魔物によって違いはあるらしいが、共通するのは異空間にいたあいだのことは知覚できないということ。

 例えば、朝に範囲に入って異空間に飛ばされ、夕方になってから範囲外に出て現世に戻ってきても、本人にそのあいだのことは何もわからない。ただ一瞬で朝が夕方になっているという感覚になるだけだそうだ。

 そして、この『転移して消える』という仕様が、討伐対象消失の原因であると推測される。

 『魔除け草』のように対象が仕様であれば、逃げ場のない玉座の間から魔王がいなくなるなんてことは起きなかっただろうし、洞窟の最奥部のフレイムリザードも討伐できたのに。利便性を追求しすぎて逆に不便になっている典型例ではなかろうか。


「ところで女神サマ」

「全然敬意を感じないが気にならんでもないが……なんじゃ」

「レベルの低い者を転移してしまうなら、冒険者や町の人が巻き込まれて消えたりするんじゃないですか? 見たところ影響していない気がするんですが」

「話を聞いておらんかったのか、たわけ者め。レベルの低い『魔物』と言ったであろう。魔族や、魔王の魔力に影響されておる魔物が対象で、普通の人間には効果がないわ」

「なるほど」

「それも、お前にわずかでも明確な敵意や殺気を向けている魔物に限られる。そうでなければ召喚獣の類も消えてしまうからのう。我もその辺は考えて作っているのじゃ」

「……だったらもうちょっと考えて任意発動に……」

「何か申したか?」

「いえ、何も」


 言ってもしかたないことを嘆いても空しいだけだ。

 ともかく。

 『旅の安全セーフティジャーニー』の特性は大体わかった。

 それをしっかり考慮し、魔王打倒を実現する方法を考え出すのが当面の目標となる。

 それが見つからなければ――


「魔王そっちのけで薬草採取で食いつなぐ勇者、なんて呼ばれるようになるんだろうなぁ……」


 絶望しかない未来が見えつつあることに、心底深いため息が出た。

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