第5話 女神のレアスキル

 一覧に紛れるように追加されていた、レアスキル『旅の安全セーフティジャーニー』。

 おそらく、これが元凶だ。


「なんだ、その微妙な名前のスキルは? 見たことも聞いたこともないな」

「それはそうですよ。女神から直接授かったレアスキルなんですから」

「な……に? 女神のスキル……だと⁉」


 血相を変えて詰め寄ってくるランスさんを制し、とりあえず座ってくださいと返す。


「私は魔王と四天王がめちゃくちゃ強いと聞いて、負けて死ぬのが嫌だから、魔王城に突入する前に魔獣を狩ったり、ステータス上昇効果のあるアイテムを買い集めたり、それらをドロップする魔物を倒したりして、レベルとステータス値を上限値カンストまで上げたんですよ。スキルも魔法も勇者が取得できるものは全部習得しました」

「知ってる。だからデタラメも甚だしい強さになってるんだろう」

「それで……あれは全部がカンストした日の夜でした。夢の中に女神が現れて、『勇者よ、お前の努力は素晴らしい。褒美にスキルを与えよう』って言われて」

「それが『旅の安全セーフティジャーニー』……?」


 うん、とうなずく。

 女神からスキルを授かることなどめったになく、ランスさんが呆然とするのもしかたがないと思う。

 私が知る限りでは、歴代勇者か、ごくごく限られた高位冒険者、あるいは素晴らしい働きをした為政者の数人しかいない。

 いずれも通常より効果が高く、類を見ないレアスキルであったと聞く。


「そいつはどんな効果があるんだ?」

「道具屋に『魔除まよそう』って売ってるじゃないですか。基本的にはあれと同種のものです」

「ああ、すりつぶして火にくべると、その匂いと煙を嫌がって低級な魔物が近づいてこなくなるという、旅人や行商人の必須アイテムだな」

「ええ。このレアスキルはその効果を極大化したもので、取得者より弱い魔物が一切出現しなくなります。効果範囲はおおよそ半径二百メートルの常時発動型。……まあ、女神の説明を寝ぼけて聞いていたんで、はっきり覚えてないんですけど」

「お前……いや、なんでもない」


 何かを言いかけたランスさんは、残念そうに首を振って口をつぐんだ。

 しかたないじゃないか、そのときは疲れ果てて眠かったんだから。

 そもそも、夢の中の話で本当にスキルが追加されていると思っていなかったし。適当に聞き流してしまっても責められるいわれはない。

 夢枕に現れた女神が悪い。


「しかし……便利なレアスキルだな。要は経験値にもアイテムドロップにも期待できないようなザコ敵と戦わなくて済むということだろう。長期遠征なんかでは地味に移動中のザコ敵との戦闘で体力を削られるからな。……それで、このレアスキルが何か関係あるのか?」

「ええ。推測ですけど……」

「構わん、言ってくれ」

「取得者よりが出現しなくなる常時発動型スキルなので、

「…………」

「さっき、夕飯代を稼ごうとフレイムリザードの討伐に行ってきたんですけど、棲み処になっているという洞窟は空っぽだったんですよ。それでしかたなく帰ってきたら、同じように討伐に出ていた他の冒険者パーティがフレイムリザードにこっぴどくやられて瀕死で帰ってきて……。おかげでオリビエさんにウソつきだと思われたし、死んでなければ手足の欠損すらたちどころに復元してしまう超級回復薬エリクシルを提供することになっちゃって大損失ですよ。いや、それであの弓使いアーチャーが死なずに済むならいいんですけどね? 人助けは勇者の責務ですから。……それはともかく。このレアスキルが発動しているからフレイムリザードも洞窟からいなくなっていたんですよ。きっと」

「…………」


 謎が解明されてほっと一息。お煎餅せんべいが美味しい。お茶とお煎餅には幸せの魔法がかかっていると言われるだけある。……あれ、紅茶とケーキだっけか。

 対して、話を聞いていたランスさんの顔色が少しずつ悪くなり、そのうち頭を抱えてしまった。


「それはつまり……ということじゃないのか……?」

「ですねぇ。倒しに行くと消えちゃうわけですし。どうしましょう」

「どうしましょうじゃねぇよ! 煎餅食ってる場合かこのポンコツ勇者!」


 突然激怒して立ち上がり、ギルドの建物を揺るがすような大声をあげた。

 その剣幕に思わず「ひっ」と引きつるような悲鳴が出てしまった。いたいけな十代の少女をポンコツ呼ばわりするだけでなく怖がらせるとは何事か。


「どうするんだよ⁉ 魔王を倒せるのは勇者オマエしかいないんだぞ⁉ なのにどうしてそんなポンコツスキルを……!」

「自分から取得したくてしたんじゃないですよ! 女神が勝手に付与したんですから! 大体こういうスキルは取得者の意思で使用するかどうかを選択できるのが普通なのに、それができないなんて、ポンコツなのは私じゃなくて女神ですよね⁉」

「もとはと言えば魔王にビビり散らかしてレベルを上げまくったせいだろうが!」

「理不尽が過ぎるぅぅぅ!」


 戦いに備えて万全を期したことを怒られるなんて、理不尽以外の何物でもないではないか。

 それに、いくら王都冒険者ギルドのギルマスといえど、勇者に向かってこの言い草はどうなのだろう。国王にチクってやろうか。

 ……いや、やめておこう。理由を聞かれたら魔王を倒せなくなったことを知られて、世界中からポンコツ呼ばわりされてしまう。さすがに恥ずかしすぎて生きていけないし、郷里くにに残してきた両親と姉と二匹の猫に申し訳が立たない。


「すまん……少し熱くなりすぎた」


 先ほどの怒鳴り合いの大音声に驚いて駆けつけた職員にたしなめられ、運ばれてきたお茶を飲んで、ふうううう、と大きく息を吐き、ようやく落ち着きを取り戻したランスさんはいつもの調子で頭を下げた。

 そして、柔らかな表情で私を諭すように語り始める。


「いいかい勇者さま。魔王をな、魔王をいつでも倒せるくらいのレベルでいいんだ。それが、強すぎもしない弱すぎもしない、ちょうどいいくらいってとこなんだ」

「……は?」


 心底意味不明だった。

 その『魔王をいつでも倒せるレベル』とやらがわからないからカンストさせたんですが。

 どうしよう、ランスさんがご乱心だ。状態異常回復用のアイテムなんか持ってたっけかな。私は耐性スキルのおかげで状態異常にならないから、そういうのを持ち歩かなくなったんだよなあ。


「まあ、過ぎたことを言ってもしかたないな……。どうにかしてそのレアスキルを不使用状態にできないのか?」


 真面目な質問が飛んできて彼が別に状態異常ではなかったらしいとわかり、ほっと一息。

 レアスキルの解除は言われずとも先ほどから試しているが、無理のようだ。

 魔物を効果のあるスキルで相殺できないかとやってみても、レアスキルのほうが上位なので効果を上書きされてしまって発動しない。

 要らないからとレアスキル自体を消去しようとしても消えない。

 どう足掻いても解除できないし消去もできない。まるで『呪い』だ。

 無理です、とランスさんの問いかけに首を振る。


「困ったことになったな……」

「本当にねぇ……。魔物が出ないと、高額報酬が多い討伐系クエストで生活費を稼げないわけだし……」

「生活費の心配とはお気楽だな、オイ。が近づいたんだぞ。わかってんのか」


 少しばかりイライラしながら、ランスさんは私を睨んだ。

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