第4話 消失事件の犯人

 私がギルドに戻ったのは昼過ぎだった。

 高位ランク冒険者でも尻込みするフレイムリザード討伐を受けたことはすでに知られているらしく、顔見知りの冒険者から声をかけられた。


「勇者さま、もうヤツを討伐してきたんですか? さすがですね!」

「そりゃそうだろう、何と言っても魔王と戦おうって人だぞ。フレイムリザードなんて目じゃねぇよ。なあ、勇者さま」


 そんな風に言って気楽な笑い声をあげる。

 ……ちょっと心が痛い。


「おかえりなさい、勇者さま。お疲れ様でし……た……?」


 受付カウンターに行くと、受諾手続きをしてくれた受付娘――オリビエさんが笑顔で迎えてくれた。だが私の顔を見ると、すぐに怪訝そうな表情を浮かべた。


「あの、討伐クエストで何かあったんですか……?」

「んー……どうも誰かに先を越されたみたいで、フレイムリザードが見当たらなかったのよね」

「え……? どういうことですか……?」


 オリビエさんが素っ頓狂な声を上げる。

 いや、どうもこうも、そのままの意味だ。


「あの洞窟って通路がいっぱい枝分かれしてるし、私とは別ルートで誰かが奥まで進んで対象を討伐したんだと思う。討伐対象は洞窟の一番奥にいるってわかってたし、そっちに向かって歩いていれば遭遇できるってことで、魔力が無駄になるから探索スキルを使わなかったのね。そのせいで『誰か』に気づかなかったんだと思う」

「確か、今朝そのクエストに出発すると言っていた冒険者が一組、いたような気がしますけれど……」

「じゃあ、その人たちだ。多分洞窟内のどこかで行き違ったんだろうね。で、私は討伐対象が見当たらなかったから来た道を戻って洞窟を出て、そのまま手ぶらで帰るのもなんだから、洞窟の近くの森で薬草採取してきたんだけど……買い取ってくれる?」


 懐から摘んできた薬草の束を取り出し、カウンターに置く。

 討伐クエストに比べれば雀の涙ほどの報酬にしかならないが、ないよりマシだ。


「待ってください。討伐完了の報告は入っていませんよ? 討伐した冒険者が現在帰還途中ということはあるかもしれませんけど、勇者さまは戻ってくるときにそういう一団を見かけましたか?」

「ううん。高速移動の術で帰ってきたけど、商人の荷馬車団を一つ見ただけ。冒険者パーティじゃないと思う」

「では、どこかに寄り道でも……」


 とオリビエさんが首を傾げた、そのとき。


「誰か、ハイポーションかマジックポーションを持ってるヤツはいないか! いたら譲ってくれ、頼む!」


 けたたましく扉を開けて、血まみれの剣士が大声をあげながら駆け込んできた。なんだなんだと野次馬が剣士に視線を向ける。

 その先には剣士のほかに、焼け焦げたローブ姿の魔道士に背負われた弓使いアーチャーが見えた。全身に火傷を負って左手の一部が炭化し、今にも止まりそうな細い呼吸を繰り返している。控えめに言っても重傷だ。

 魔道士が手近な床にアーチャーを寝かせると、ギルドの職員が慌ててポーションを抱えて駆け寄り、治療を始めた。魔道士がマジックポーションで魔力を補給して回復魔法をかけたり、治癒力の高いハイポーションを惜しげもなく使用したりしているが、ダメージが大きすぎてほとんど回復していない。消えゆく命をわずかに繋ぎとめる程度の効果しかなかった。


「いったいどうしたんだ? このやられかたは普通じゃないぞ……」


 誰かが呟く。

 剣士は憔悴しきった顔で仲間が命尽きようとしているさまを見つめながら、ぽつぽつと独り言のように話し始めた。


「俺たちは早朝からフレイムリザードの討伐に出ていたんだ……。仲間に強力な氷魔法が得意な魔道士もいるし、耐火装備も準備して万全だった。けど……」


 言葉を詰まらせ、がちがちと震えだす剣士。鎧が耳障りな金属音を立てる。


「フレイムリザードは今までに三匹倒した実績がある。だから今回も油断しなければ大丈夫だと思ったけど……あの洞窟にいたヤツはケタが違った。二十メートル以上はあったし、吐き出す火炎の威力も敏捷性も比べ物にならなかった。耐火装備はあっという間に燃やし尽くされ、手も足も出ないままに仲間がやられて、俺もツメの一撃を食らって……」

「…………」

「ふと気がついたら……ヤツがいなくなっていて、何が起きたかわからないまま、魔道士と二人で戦闘不能になった仲間アーチャーを担いで逃げ出すのがやっとだった。洞窟を出て街道にたどり着いたときは町に帰る体力さえ残っていなくて、偶然商人の馬車が通りかからなかったら俺たちは全滅していたかもしれない……。あんなもの、倒せるわけがない……」


 よほど恐ろしい目に遭ったのだろう。強敵と言われるフレイムリザードを三匹も倒してきた実績を持つ敏腕冒険者が、人目をはばからずに震えながら泣いていた。


「そうか……ひでぇ目に遭ったもんだな……」


 そんな彼の肩をぽんぽんと叩きながら、近くにいた冒険者は励ますように声をかけた。そして力強く笑みを浮かべる。


「だが安心しろ! 勇者さまがキッチリ討伐してくれたからな!」


 そんなことを言って、カウンターにいる私を見た。それにつられて周囲の人もこちらに視線を向ける。

 いや。私は倒してないから。そんな希望に満ちた輝く目で私を見ないで……お願い。


「勇者さま……? フレイムリザードはまだいるみたいですが……?」


 オリビエさんがジト目で私を睨む。

 これは間違いなく、ちゃんと奥まで行ったのか、そもそも洞窟を間違ってないか、というような疑いをかけられている。


「いやいやいや! 洞窟はちゃんと最奥部まで行ったし、場所を間違ってもないから! 一番奥でフレイムリザードの棲み処っぽい痕跡も見てきたから!」

「じゃあ、どうして見つからなかったんですか」

「それはこっちが聞きたいんですけど⁉」


 思わず大声が漏れた。

 私だって、豪華な夕ご飯がかかっているのだ。手抜きやら間違いなど起こすはずがないではないか。

 それにフレイムリザードのツメや尻尾は希少素材で、売ればいいお金になる。そんなオイシイ獲物を見過ごすなんて、バカの所業だとは思いませんか。


「と、とにかく! 私が行ったときはいなかったわけで。だから」

「だから?」

「…………」


 オリビエさんの笑顔の下の視線が怖い。


「あの冒険者さんたちに、これを……」


 圧に負けて、私は買い貯めしていた超級回復薬エリクシル(注・超レアアイテム。超高価)を人数分、無償提供することにした。

 ……私のせいじゃないのに……。



 思わぬ損失にぼうの涙を流しつつ、約束の時間になったのでギルドマスターの執務室を訪ねた。

 ランスさんは執務机で報告書らしきものに目を通していたが、私の来訪で席を立った。ソファにかけろと手振りされ、向かい合って座る。

 しかしランスさんはずっと無言だったので、私は彼が話し始めるのをお煎餅せんべいをかじりながら待った。相変わらず美味しい。お茶が欲しくなる。


「魔王城の様子はどうでした?」

「…………」


 五枚目のお煎餅に手を伸ばしたところで、待ちきれなくなってこちらから切り出した。

 彼は質問に答えず、私をじっと見て……いや、睨んでいた。

 待って。

 なんかさっきも似たような目つきをした人を見た気がするんですが。


「あの、ランスさん……?」

「魔王城を偵察したパーティが再起不能になった」

「…………は?」


 静かな口調に隠し切れない怒りをにじませ、ランスさんは書類をテーブルに投げてよこした。それを手に取り、六枚目のお煎餅を頬張りつつ読む。

 時系列に細々こまごまと事の推移が書かれているが、要約すると――

 遠く離れたものが鮮明に見えるスキル『千里眼』を持つ冒険者が、超遠距離から魔王城内に魔王や四天王の姿を確認した。その直後、偵察していることがバレて魔王と目が合った瞬間に魔眼の呪いを受け、それがパーティ全員に伝染した。今のところ瀕死ながら近くの村に逃げ帰り、教会で解呪の儀式を受けているが、呪いがあまりにも強力なので回復の見込みがないのだとか。


「…………」


 報告書を読み終え、正面に目をやる。

 ランスさんは笑顔だった。かつて冒険者としてならした鋭い目に、決して消せないをごうごうと燃やしながら。

 これは言われる前に言ったほうがいいと、勇者としての直感が囁いている。


「ホントに魔王はいなかったんですよ!」

「いるじゃねえか! ウソつくな!」

「ウソじゃないんですってば! 信じてくださいよ!」


 必死に訴えても、オリビエさんと同様、ランスさんの態度は変わらない。

 このままじゃ私はウソつきにされてしまう。身に覚えのないことで『ウソつき勇者』とか呼ばれるなんて最悪じゃないか。

 ホントにもう、何なんだこれ……。

 魔王といい、フレイムリザードといい、私が行くといなくなるなんて……。

 ……え?

 ……?


 ふと、何かが脳裏をよぎった。

 つい最近、そんな言葉を誰かから聞いたような……。


「おい、どうした勇者さま? アタマ大丈夫か?」


 急に黙り込んだ私に、怒りから一転して心配そうにランスさんが訊いてくる。あれ、心配のしかたがちょっと違いませんか?

 というようなことに気を回す余裕もなく、必死に記憶を掘り起こす。

 ――それから少し経って。


「あ……」


 思い出した。

 慌てて自分のスキル一覧を開き、チェックする。

 身に着けられるスキルを手当たり次第に獲得しているので、通常の冒険者ではありえない数のスキルが並んでいて、を探し出すのに時間がかかった。


「こいつかァーっ!」

「っ⁉」


 突然大声をあげた私に、ランスさんはソファからひっくり返って床に転がり落ちた。

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