第3話 空振りとお煎餅と討伐クエスト

 翌日、宿を引き払って露店の屋台でショボい朝食をとり、魔王城へ向かった。

 預けてあったお金があまりにも少なく、一泊するのがやっとで食堂が利用できなかったのだ。おかげで空き腹を抱えて魔王と戦わなくてはならなくなった。

 ツケがきかないなんて……私、勇者なのに。

 世界の平和のために頑張っているのに。

 ともかく。

 検問所を出て、魔王城への転移門を開く。

 マーキングした庭園に足を踏み入れると、濃い魔力と緊張感で気持ちが引き締まった。

 今度こそ魔王を倒すと決意を新たに聖剣を構え、正門に向かう。



 ……が、門番はいなかった。

 まさか、また留守なのか……?

 そんなはずは、と思いつつエントランスに踏み込み、階段を駆け上がり、玉座の間の扉の前まで一息にやってきた。そのあいだ、敵とのエンカウントはなかった。


「…………」


 これだけ魔王が放つ邪悪な魔力の気配があるのだ。いないはずがない。

 そう願いつつ扉を――開く。


「ウソでしょ……」


 視界に入ったのは、やはり無人の玉座だった。



 どうなってるの? 何が起きてる?

 頭の中に『?』を三千個くらい浮かべながら転移門で王都に戻ると、昨日と同じく兵士が不思議そうに視線を向けてきた。


「また、ですか?」

「うん」

「ギルドか城に報告したほうがよくないですか?」

「そうだね。そうする」


 提案にうなずいて、私はその足で冒険者ギルドに向かった。

 相変わらず賑やかなギルドのホールを抜けて、受付カウンターでランスさんギルマスとの面会を依頼する。一応緊急だと付け加えてあったので、すぐに受付娘がギルドの二階にあるギルドマスターの執務室に通してくれた。

 重厚な執務机と本が詰まった本棚、落ち着いた色のソファと高級木材の一枚板で作られた大きな接客テーブル、白と薄紫の花を生けた細い花瓶。そのすべてが王侯貴族の執務室のような上品さを醸し出しているが、その中にいるのは無骨で体のデカい筋肉ダルマなのでいろいろと台無しな感じがする。


「おう、勇者さま。何事だ、緊急とは」

「えっと、魔王のことなんですけど」

「魔王? そいつはギルドでどうにかできる問題じゃないと思うんだがな」


 と言いつつ、話してみな、と視線で促してソファに座れと手振りした。それに従ってソファに着き、テーブルに置いてあるお煎餅せんべいに手を伸ばす。朝食がショボくて空腹だったし、金欠で昼ご飯抜きになりそうだったので非常に助かる。

 話そっちのけで食べるばかりで、何しに来たんだお前は? と言いたげなランスさんの視線をよそに、案内してくれた娘が入れてくれたお茶とお煎餅八枚を十分に堪能してから本題に入った。


「昨日もそうだったんですけど、今朝、魔王城に行ったんですよ」

「ふむ」

「で、魔王がいるという十三階の玉座の間に入ったんです」

「ほう」

「そしたら玉座が空っぽで、誰もいないんですよ」

「……は?」

「昨日はたまたま留守にしていたのかと思ったんですけど、今日も留守で」

「いやいやいや」

「城の門番もいないし、側近の四天王もいなくて。というか、探索スキルで探っても魔王城の中に魔獣の一匹もいないんですよ。どう思います?」

「…………」


 話が進むにつれてランスさんの表情が強張っていく。

 それはそうだろう。こんなの前代未聞だ。


「魔王が側近や魔獣を連れて引っ越ししたとかじゃないですよね?」

「いや……魔王城の付近で活動している冒険者や傭兵からはそんな報告は入っていないが……」

「ですよね。中に誰もいなくても魔王の魔力は城中に満ちていますし、魔獣のもするんです。だから、いるのは間違いないんですよ。でも、いない。いったい何なんでしょうね?」

「…………」


 ランスさんは黙したまま、じっと考え込んでいるようだった。

 その様子をお煎餅をかじりながら見つめる。なかなかに美味しいので手が止まらない。お茶のおかわりはもらえるのだろうか。

 しばし経って、ランスさんは手元の紙に何かを書きつけると、執務机のベルを鳴らして人を呼んだ。やってきた職員にメモを渡して何かを指示する。


「今、魔王城の近くに高位ランクの冒険者パーティがいるはずだ。彼らはちょうど通信水晶を持っているから、偵察と報告を頼むことにした。とりあえず勇者さまはその返事が来るまで待ってくれるか。おそらく夕刻には返事が来るはずだ」

「いいですよ。じゃあ、夕刻にまた来ますね」


 うなずいて席を立ち、執務室を出る。

 騒がしい階下におりて、宿に向かう……前に、依頼を貼り出している掲示板に目をやった。

 クエストを受けて稼がないと、金欠で今日の宿代どころか昼食代すらままならないのだ。

 勇者って世界を救う存在なんだし、もっと、こう、優遇されてもいいんじゃないのかなぁ……。

 そんな情けないことを考えてしまう自分に涙しつつ、高位ランク冒険者向けの高額な討伐クエストを受けることにした。

 受付で依頼受諾手続きを済ませ、さっそく現場に向かう。

 この町から徒歩で半日ほど行った山麓の洞窟にフレイムリザードが棲みつき、縄張りを追われたオークやゴブリンが近くの村にやってきて人間や田畑を襲うらしい。ゴブリン程度の低級な魔物なら駆け出し冒険者でも対処は可能だが、根本原因をなんとかしなければ村を襲う魔物の数は減らない。そうして出された依頼が、元凶となっているフレイムリザードの討伐である。

 ちなみにフレイムリザードは火炎トカゲとも言われ、体長はおよそ十メートルで、体表は常に灼熱しており、人間が少しでも生身で触れると酷い火傷を負う。その上、口から岩をも溶かす炎を吐くので、高位ランク冒険者パーティでも討伐は困難だとされている。

 緊急性と難易度が高いため、私の他にもこの依頼を受けて動いている冒険者がいるようだが、聖剣持ちのレベルカンスト勇者である私にかかればゴブリン退治とさほど変わらない楽勝な依頼だ。


「さてと……」


 町を出るとすぐに身体強化のスキルと風魔法を組み合わせた高速移動術を発動する。のんびり半日も歩いて行くなんて悠長なことはしていられない。さっさと依頼をクリアし、夕食を豪華にするという崇高な使命があるのだから。

 全速力でくだんの洞窟に到着すると、術を解除して小さく息をつく。

 フレイムリザードの脅威は、実のところ灼熱の体や炎を吐くことではない。極度に発達した感覚器官で、音や匂い、気配を敏感に察知し、未来予知をしているのかと思うほどこちらの動きを先読みする能力のほうが厄介なのだ。

 おそらく、相手はその能力で私が洞窟に入っていくことをすでに嗅ぎつけて警戒しているだろう。

 それを意識しながら剣を抜き、フレイムリザードの棲み処に踏み込んだ。

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