拝啓 天馬 まずは第一関門ですⅤ
ソフィーからすれば、銀星はもっと堅物なイメージがあったのだが、そうというわけではなさそうだ。正直、言動に困る発言ばかりで、当初の心配とは違う意味合いで、対処に戸惑う。
(だからイヤなのよ、星四つ以上の方は……)
前までは星五つの人間を危険視していたが、今はネルトもその枠にいれて四つ以上となった。こう考えると、幼稚な嫌味を言うだけのヴィンセントが可愛く思えてしまう。
(ファースだけは、ファースだけはしっかり育ててみせるわ!)
なぜか結果、ソフィーの中で、ファースだけはまともな銀星に育てるという決意が生まれ、強く拳を握りしめる。
(バートやエリーク、クレトだってあんなに立派に育ったのだから、私の教育方針は間違っていないはずよ!)
お前はいつから母親になったのだとツッコミを入れてくれる人間は誰もいなかったが、バートたちのことを思い出したお蔭で、ロレンツオに伝えておくべき事項も必然的に思い出された。
「ロレンツオ様、お願いがあるのですが」
「何でしょうか?」
「我がリニエール商会に、手伝いを頼みたい社員がおりまして。その者を、この事業に参加させて頂きたいのです」
フェリオに頼めば早い話ではあったが、あえてロレンツオに許可を求めたのは、やはりこの事業の成功にはロレンツオの存在が大きいことがある。彼の許可なしに自分の一存で人員を増加することや、勝手な行動を行うことは極力避けたかった。
「それは構いませんが……年はお幾つの方でしょう?」
「今年十六歳です」
ネルトが熱中していた書類から顔を上げ、小さく「十六…」と呟いた。一応会話はちゃんと聞いていたようだ。
「その年齢でしたら、銀星への途中編入も可能ですが」
ロレンツオが所長に就任してからは、幾つかの特別措置が設けられていた。その一つが、優秀な者であれば、身分問わず銀星の試験に合格した者には“王の剣”の入学許可を与えるというもので、年々銀星への入学希望者が減り続けていることへの配慮だった。
しかし、山岳演習でラルスたちに話した通り、ソフィーの中でその結論はもう出ている。
「銀星の教科書を一通り見せていただきましたが、実技も講義も彼には必要性があまり感じられませんでした。一生徒として、彼を“王の剣”に置くメリットがありません」
「ほぉ…」
ソフィーの返答に、ロレンツオが薄く笑う。
ロレンツオは、ルカよりソフィーの優秀な社員については事前に聞いていた。だが、貴族でもない平民が持てる知識などたかが知れている。
その貴族でさえ、銀星の入学試験を合格することは難しいというのに、必要性を感じられないと断言するほどの知識を、平民が持ち合わせているなど、本来あり得ないことだった。
「でしたら、“王の剣”の試験より難易度はけた違いですが、医科学研究所の試験はいかがでしょう? 合格基準に達する者であれば、私の名で学院と研究所の出入りを許可致しましょう」
その提案に、ソフィーは瞳を輝かせた。
エリークが“王の剣”の生徒になることや、医科学研究所の研究員となることは本人が拒否しそうだが、出入りだけの許可を貰えるならありがたい。
「よろしいのですか?」
「ええ。銀星は人手不足ですから、身分制度などと言っていては人材がいなくなってしまいます。手伝っていただける人物であるなら歓迎致しましょう。――ネルト」
「はい」
名を呼ばれたネルトは返事と共に席を立ち、どこからか数枚の書類を持ってきた。
「どうぞ、去年の試験内容です」
手渡された試験内容を、ソフィーは特段顔色を変えず眺め見る。
「まだ家とは連絡が取れていないので、彼が何と言うか分かりませんが、連絡がつき次第、話をしてみます」
「内容としては合格できそうでしょうか?」
「はい」
淀みない返事をすれば、銀縁メガネの奥にある灰色の瞳が、まるでおもちゃを見つけた肉食獣のように細められる。
「それは、とても楽しみです。ですが、お会いできるのはもう少し先になりそうですね」
「え?」
どういう意味だろうと驚いて顔を上げれば、一枚の手紙を手渡された。
「殿下よりお預かり致しました。どうやら、リニエール男爵は現在渡航中とのことで、未だ面会は叶っていないそうです」
慌てて中を確認すれば、確かに同様の内容が記されていた。
国内外問わず家を留守にすることの多い父は、現在ダクシャ王国に香辛料を買い付けにいく時期だった。年末にもそんな話をしていたことを思い出し、連絡がこないわけだと、ソフィーは額に手を当て小さく息を吐く。
(お父様をすっ飛ばして、バートたちに連絡を取って手伝ってもらうというのは、さすがに私もできないわ……)
いくらバートたちが自分の下に就いているといえど、あくまで家長は父だ。ことの経緯の説明も受けていない父を無視して、家の者たちを動かすわけにはいかなかった。
それに、文面にはあと一週間もすれば帰宅するとの返答を貰っているそうで、長くても二週間以内には面会が実現する予定であることが書かれていた。
(まぁ、これくらいなら許容範囲としましょう。まだ学院内のこともあるし)
エリークに学院内への行き来をしてもらうなら、少しでも環境を整えておかなければなるまい。金星、銀星、銅星の生徒たちについては大丈夫そうだが、黒星については厳しい。
自分に嫌味を言うくらいなら十分許容できるが、エリークに対して何か言おうものなら、ついうっかり手が出てしまうかもしれない。
(それはダメよね。淑女だもの…)
しかし、前世に比べれば小さな手のひらを見つめれば、思わずいいんじゃなかろうか? という危険思考が顔を出した。
無意識に手のひらを開いたり閉じたりしていると、ロレンツオから不思議そうな瞳で見られていることに気づき、慌てて取り繕った笑顔で誤魔化した。
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