拝啓 天馬 すべてはストレスのせいだったのですⅣ


「その時代は“王の剣”の黄金期と言われているそうです。その時代に在籍していたヴィンセント講師からすれば、今の銀星はレベルが低すぎて星の価値が下がるとよく言われます」


 銀星一つを賜っているファースも成績首位を守り続け、その上監督生を務めているため星を賜っているが、ヴィンセント曰く、黄金期の時代ならファース程度のレベルでは、星を得ることなど不可能だと。


 随分な言いようだと、ソフィーは呆れた。


「ロレンツオ様がいらっしゃった時代が黄金期なのは分かったけれど、もう何年も前のことじゃない。今もまだ過去の栄光に縋っているようでは、なんの発展も得られないわ」


 講師なら講師の仕事があるだろうに。愚痴を言うのが講師の仕事だというのなら、なんて楽な仕事なのだろうと嫌味の一つでも言いたくなる。


「結局、変に美化した過去と比べて、今の若者はうんたらかんたらと説教を言いたいだけなのよね。もう定型文的な決まり文句よ。本当に優秀な人は、時代の移り変わりを素早く読んで、それに適した人材育成をするものよ。それが自分にできないからといって、生徒をぞんざいに扱っていい訳ではないわ」


 過去、上司の愚痴を長年聞いてきた祐時代を思い出し、ソフィーはつい私情が入り過ぎてしまう。


 ファースは、ソフィーの十四歳の少女とは思えない言葉になんと返答してよいか分からず、呆けた顔で固まった。


「まぁ、それはそれとして、貴方たちもカリスマがいないとかそんなつまらない理由で現実から目を逸らしていないで、見返してやるくらいの気持ちを持ちなさいよ。言われっぱなしで終わっていいの?」

「それは…はい、申し訳ございません。打開しようと考えてはいるのですが…」


 ファースの戸惑う声に、ハッとしソフィーは発言を撤回し、謝罪した。


「いえ、ごめんなさい。私の発言が傲慢だったわ」

「へ?」


 ファースが、突然のソフィーからの謝罪に目をぱちぱちと瞬いた。


 すぐさま撤回したのは、先ほど日記帳に書いた前世の自分を思い出したからだ。


 祐だってこのくらいの年の時は、不器用に生きていた。


 それを脱せたのも、天馬の両親という、将来の指針を広い視野で見てくれた大人がいたからだ。祐が、一人の大人として成長し、夢と目標を立てることができたのも、彼らがいたからにすぎない。それは、決して一人ではできなかったことだ。


 自分だってできなかったことを、なんの道筋もなくやれと突然言われても、ファースだって困るだろう。口で言うのは簡単だが、指針もなく、何をすればいいのか、何をするべきなのか、分からないのが普通だ。これでは、ヴィンセントが言っていることと同じだった。


「黄金期と言われるような時代を作るのはさすがに目標が高いけれど、せめて星の価値が下がるなどという毒を一掃するくらいのことはしたいわね。私も微力ながらお手伝いしたいわ」


 一瞬、パッと顔色を明るくしたファースだったが、すぐにぶんぶんと頭を振って辞退の言葉を告げる。


「そんなお手間を紫星を賜ったソフィー様におかけするわけには」

「迷惑かしら?」

「とんでもないです! ですが、大切なお役目のある方に、つまらぬご苦労はおかけできません」

「それなら代わりに、貴方たちにも事業を手伝ってほしいの。ウィンウィンの関係でいきましょう」

「あの、僕たちがソフィー様のお手伝いをすることは当然なことなので…」


 銀星最高峰のロレンツオ・フォーセルが認めた少女の意に反するなどあり得ず、またウィンウィンなどという関係もあり得ないのだが、当の本人は「さてまずは何から始めるべきかしら」と策を練り出した。


「そうだわ、貴方たち銀星は金星とあまり仲が良くないと聞いたのだけど」


 ラルスから、金星は銀星と肌が合わないと聞いていた。


『銀星は金星のことを金ばかりで世界を語る愚か者としてみており、金星からすれば銀星は結果を残さないのなら自分たち金星の多大な星代と寄付金を食いつぶす星としてみている』と。


 それはラルスの主観的意見かと思っていたが、ソフィーの言葉に視線を泳がすファースを見る限りでは、どうやら主観的意見だけではないようだ。


「先ずは金星ともっと交流を深めてみてはどうかしら?」 


 提案すれば、ファースが一瞬眉を下げ、嫌そうな顔をする。どうやら本当にあまり仲が良くないらしい。


「金星がお金ばかりに固執しているというのなら、なぜ固執しなければならないのか、そこを理解できるか検証してみてはどう? 最初から理解できないと突っぱねていては、世界の真理など一生分からないわ。検証と実験を重ねて物事の追求を忘れないのが銀星でしょう?」


 世界の真理など特段興味もないが、お得意の適当な言葉で説得すると、ファースは「それは…確かに」と呟いたあと、大きく頷いた。


 素直に分かりましたと返事をするファースに、ソフィーの方が心配になった。


(金星も銀星も、なんでこんなに騙されやすそうなのかしら……いえ、素直なのかしら)


 別に私は騙しているつもりはないと、慌てて考え直すが、前者の方が本音だった。


 金星も生意気さを発揮したのは最初の一瞬だけで、今は態度が急激に軟化されている。


 これがバートやクレトなら、疑いの視線を送り、口も出るだろう。彼らには絶対に騙されないからな、そんな気概がある。


 それが長年異端のお嬢様に振り回されてきた弊害からきているせいだとは気づかず、ソフィーは貴族のお坊ちゃんは意外に可愛いなと思った。

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