拝啓 天馬 すべてはストレスのせいだったのですⅤ


 午後からは、金星たちと以前の続きでもある食堂で提供される食事についてのディスカッションをすることになっていたので、ファースにも参加してもらうことにした。


 午後からの外出については、ルカにも事前に伝え護衛を依頼していたのだが、銅星の方はまだ午前の試合の決着がつかず、どうしても遅れてしまう旨の知らせがあった。


 長引く可能性については昨日の時点でルカから伝えられていたので、特段戸惑うことはなかったが、そうなると護衛をジェラルドに頼まなければならないことに気づいた。しかし、先ほどの一件を考えるとさすがに気まずい。


うーん、とソフィーが困っていると、代わりに寄宿舎を守っていた聖騎士の一人が護衛としてついてきてくれることになった。


(特段、危険性を感じない学院内で、経験値の高い聖騎士の方に護衛をしてもらうのは気が引けるけれど、護衛を任されているジェラジェラがフェリオの命で動いているなら、まぁいいわよね?)


 本来、フェリオとしては、去年まで学生だったジェラルドは例外としても、手練れの聖騎士が学院内にいるのはかなり威圧的だろうと配慮し、できるだけ学院内での護衛は黒星の生徒に任せたかったようだ。ところが、あいにくソフィーが提示した『婚約者のいない護衛』という条件に、黒星のほぼ全員が引っ掛かり人材が限られてしまった。


 これで聖騎士の彼が不満げであれば断るのだが、当の本人は、いい天気だなぁという顔で空を見上げ、なかなか楽しんでいる雰囲気なのだ。


 出る前も「学院内に入るのは学生の時以来です。若返りますねぇ」と、社交辞令だろうがそう言って微笑んでくれた。


(学生の時って、何十年前のことなのかしら?)


 見た感じ、彼の年は四十過ぎくらいだろうか。金獅子のアランとそう変わらぬ年にみえる彼は、聖騎士とは思えないおっとりとした柔らかな雰囲気の男性だった。


 知り得ている情報では、彼の星の数は三つ。初日の挨拶で名を教えてくれたが、『ウォーレンとお呼びください』と言われただけで姓は知らない。


 それは彼だけではなく、寄宿舎を護衛する聖騎士全てだ。名しか教えてくれないのは、男爵令嬢であるソフィーを気遣ってだろう。


 黒星から聖騎士になった彼らの爵位は低くても子爵以上。自分の父よりも爵位は上だ。紫星を賜ったとはいえ、爵位を知ればどうしたって行動や言動に気をつけてしまうものだ。それを考慮して名しか伝えぬ聖騎士たちに、ソフィーは好感を持った。


(なぜ同じ聖騎士なのに、ジェラジェラはあんななのかしら?)


 これが所詮十六歳の子供と、大人の違いなのだろうと結論付け、ソフィーは金星の教室へと歩く。


 ふと視線を感じれば、校舎の二階から、またもやヴィンセントがこちらをじっと見ていた。


「あの方も、結構お暇なのね」


 ひとり言にファースが反応し、ソフィーの視線を追う。その先に、自分たちの講師の姿を見つけ、情けない顔で小さく謝った。


「だから、貴方が謝る必要はないわよ」

「ですが…」

「まぁ、私もまさか講師の方から敵意を感じるとは思っていなかったわ」

「ヴィンセント講師のこの前の発言は、純粋にロレンツオ様に認められたソフィー様への嫉妬心だと思いますので、あまりお気になさらないでくださいっ……気になるかもしれませんけど…」


 まったくフォローになっていないフォローに、ソフィーはつい笑ってしまいそうになる。どうやら金星同様、銀星の生徒も口はあまり上手くないようだ。


ファースは自分でも下手くそなフォローだと思ったのか、必死に言葉を続けた。


「ほ、本当に、あれはヴィンセント講師のただの嫉妬ですから! 学生時代から、ロレンツオ様は他の追随を許さない、飛び抜けて優秀な方だったので、ヴィンセント講師はまったく相手にされていなかったそうです。ソフィー様は唯一、そのロレンツオ様が認めた方なので!」


 ファースの必死の賛辞はサラリと聞き流し、ルカから聞いた通りの情報に頷く。


 ソフィーはふむふむと真剣に聞いているようで、その実違うことを考えていた。


(このお話、ラナお姉様辺りなら、喜んで行間に変換されるのでしょうね。この前は、ロレンツオ様を行間の刑に処すみたいで気が咎めたけれど、ヴィンセント講師の一方的な恋慕みたいな感じで書いたらどうかしら?)


 たとえ、離れていても麗しいお姉様方のご機嫌はとっておきたいソフィーは、真剣に考察する。


 素敵な愛を見つけたら教えてくれと言われているが、そんなものあるはずもないので、適当にそれっぽいものを用意しておかなければなるまい。


 行間に詳しいラナなら、例え素材そのままでも美味しく調理して行間コースを作ってしまうだろう。


(うん、そうしましょう!)


 愛らしく、リリナの“姉”でもあるラナの頼みならば、男の一人や二人、喜んで鬼となり地獄に叩き落とそう。


目の前の少女がそんな悪逆非道な考えを持っているとは知らず、ファースはソフィーが気分を害していないかと焦っていた。


「おやおや。さすがに講師と言えど、紫星様に対してあの視線は不敬ですね。上に報告しておきましょう」


 一歩後ろを歩いていたウォーレンが、年齢にあった渋い声で言う。


「あら、ウォーレン様、お気になさらないでください。このままでいいですわ。いざという時のために」

「いざという時、ですか?」


 ニッコリと微笑めば、ウォーレンは一瞬考えるように反芻したが、次の瞬間には笑顔で返した。


「では、なにかあればすぐにお伝えください。速やかに対処させていただきますので」


 大人の聖騎士は話が早くてありがたいと、ソフィーはつくづく思った。


 隣にいたファースは、二人の会話の意味が分からずに首を傾げる。


 ファースとて、長年銀星の首席を維持していたからこそ、星を一つ賜ることができたのだ。決して愚鈍なわけではないのだが、純粋に育ったため、二人のやり取りには理解が追いつかず、首を傾げる数がどうしても多くなってしまう。


「そうだ、貴方は大丈夫なの? 私と一緒にいては、ヴィンセント講師に嫌味を言われないかしら?」

「僕は言われ慣れていますので、お気になさらないでください」


 なんでもないようにサラリと返すファースに、それもどうなのと、ソフィーは思わずヴィンセントを見上げた。


 ヴィンセントは、なぜかソフィーと目が合うとサッと隠れてしまった。


(……なんか、腹立つわ)


 女学院でも、入学当初ソフィーに敵意を持っていた生徒たちがじっとソフィーを見て、目が合うと隠れるということがあった。


 けれどドレスの裾が見えていて、まったく隠れていなかったそれを、ソフィーは可愛い! と思って愛でていたが、男に同じことをされるとイラッとする。


 完全なる女尊男卑かもしれないが、十代の少女と二十代の男を同じ目で見られるわけがない。可愛いを舐めるな。


「ねぇ、ファース。“王の剣”に、ヴィンセント講師以上の銀星はいないの?」


 銀星三つを賜っているヴィンセントは、本来医科学研究所に在籍していてもおかしくない身分だ。


 外部講師ではなく常勤の講師の職についたのも、当時から将来、医科学研究所のトップはロレンツオになることをみこし、その彼の下に就きたくなかったからだろう。頭は良いが、器の小さい男だと皮肉がこぼれそうになる。


 問われたファースは少し考え込み。


「そうですね……。レミエル・カールフェルト様は、ロレンツオ様に次ぐ天賦の才をお持ちの方だとは思うのですが」

「あら、よほどの方なのね。生徒なの?」

「はい。まだ星は賜っていらっしゃいませんが、時間の問題かと」


 それだけの人材がいるならカリスマ性は十分な気がするが、なぜかファースの言い方は歯切れが悪かった。


「その方はどんな方なのかしら?」

「あれ? 初日の挨拶の時にいらっしゃいませんでしたか?」


 初日の挨拶に呼ばれていたのだろうか。ロレンツオと副所長のネルトの記憶はあるが、他の銀星の記憶はまったくなかった。


 ソフィーが思い出そうと考え込んでいると、ファースが困ったような顔で言う。


「行かれなかったのかもしれませんね。あの方は、自由な方なので」


(第一王子が指名した挨拶に行かないほどの自由さって…)


 そう聞いただけで、絶対変人だと分かる。


 正直、関わりたくないなと、ソフィーの勘がいっていた。


 後日、その勘は大当たりを迎えることとなるのだが、この時のソフィーは知る由もなかった。

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