拝啓 天馬 すべてはストレスのせいだったのですⅢ
「ルカ・フォーセルから報告は受けておりましたが、この数日で、何かお変わりありませんか?」
「いえ、特段なにもございませんわ」
社交辞令を食い気味に返すと、二人の間にヒヤリと凍てついた空気が流れた。
ジェラルドの瞳の色はフェリオやクリスティーナと同じ青色だというのに、まったく違うと感じてしまう。角膜に氷の結晶でも重ねているのではないだろうか。
ソフィーとしては嫌味でもなんでもなく、変わったことなど特になかったからこその回答なのだが、嫌味に聞こえてしまったのだろうかと首を傾げたくなる。
事実、特段なにもないのだ。これから事業を行うにあたって色々な問題は出てくるだろうが、今のところは不便に感じるところもない。
「……黒星の警護について、必要ないとの報告をキース・ダドリーから受けましたが」
(あぁ、そちらのことね)
「そうですね。あまり必要を感じませんでしたので」
辞めろと言ったつもりはないが、キースからすればそう聞こえたのだろう。
(別に、ハッキリ『尾行じみた下手くそな監視はいらない』と言ったわけでもないけれど、まずかったかしら?)
変わらぬ笑みで返すソフィーに、ジェラルドは相変わらず冷めた視線をおくってくる。
しばらく流れた沈黙を壊したのは、入り口を警護してくれていた聖騎士の穏やかな口調だった。
「ソフィー様。客人が来られていますが、いかがいたしましょう?」
聖騎士は美形が必須条件なのかと問いたくなるほど、彼も整った顔立ちだ。若いころはさぞ乙女たちの心を惑わしていたのだろう。しかし、父親より年上に見える聖騎士には美形クタバレセンサーは発動しないようで、ソフィーはにこやかに礼を言った。
(今日は随分お客が多いわね…)
前世でいうところの土曜日である今日は、授業はないが金星は自学自習や自由討議、銀星は個人研究、銅星は対戦形式の試合を行い、各自午前中を過ごす。生徒たちの休日は、今日の午後から明日一日となっている。
ソフィーは週明けに予定しているロレンツオとの合議に向けて万全の準備をしたかったため自室にいたが、実質この学院の生徒ではないソフィーとジェラルドならともかく、生徒たちはいま教室にいるはずだ。
いったい誰の訪問だろうと疑問を持ちながらその客人に中に入ってもらえば、訪問者は銀星の生徒だった。
名はファース・ベレンセ。話を聞けば、どうやら自習時間に抜けてきたらしい。
銀星を訪れた日は金星からギリギリの時間で銀星の教室に入り、途中で退出したためまだ自己紹介をしていなかったが、彼は銀星一つを賜った、監督生だった。
ファースは、ホールに立っていたジェラルドを見ると、驚いたように体をビクリと震わせた。無駄に威圧感のある男は、どうやら同年代の同性からもビビられているようだ。
ちょうど良いとばかりにジェラルドに退席してもらうと、ソフィーはファースを応接室へと案内した。たとえ、生徒で身元がしっかりしている者でも、扉を一枚隔てて聖騎士が待機しているので、ジェラルドがいつまでもいる必要はない。
助かったと安堵していると、ファースが部屋に入るなり突然頭を下げた。
「あの、遅くなりましたが、まずは謝罪させてください。ヴィンセント講師の件は、本当に申し訳ございませんでした!」
思わず『へ?』と間抜けな声を出しそうになる。
「なぜ貴方が謝るの?」
銀星の生徒が暴言を吐いたのならともかく、講師の謝罪まで監督生がするなんて聞いたことがない。
「その…元々、ヴィンセント講師は今の銀星の不甲斐なさに呆れていらっしゃったんです。以前から、僕たちにも刺々しい態度だったので、それが助長されてソフィー様にまであのような発言に繋がったのだと思います。僕たちが至らぬせいで、ソフィー様にご迷惑を…」
身を縮めて申し訳なさそうに言うファースに、ソフィーは首を傾げた。
「銀星が不甲斐ないとはどういうことかしら?」
ソフィーの問いに、ファースはしばし逡巡し、言いにくそうに口を開いた。
「こう言ってはなんですが、銀星だけではなく、今の“王の剣”は、精彩を放つカリスマ性のある人物がいないのです。黒星のジェラルド・フォルシウス様が卒業されてからは特に。銅星は、ロレンツオ様の弟君が異彩を放っておりますが、弟君は穏やかな方なので…」
確かにルカは美少年の上、最年少で星を獲得している逸材だが、前にグイグイ出るような性格ではない。
「ロレンツオ様がいらっしゃった時代は、カリスマと言われる方々が各星にいて、交流も活発だったらしいのですが」
(あら、交流していた時代もあったのね)
ここ数日で気づいたが、どの星も他の星の人間と基本仲が良くない。
金星のラルスが銅星の見学に来た時も、最初は嫌そうな雰囲気だった。
それでもラルスが泣き言を言うことなく、必死で銅星についてきたことで、最後辺りはとても労われていた。特にマルクスが気にかけてくれたお陰か、他の銅星たちもラルスには気を許してくれたようだ。
しかし、その労りかたが「坊っちゃん、惚れる女は選んだ方がいい」だの「変な女にはついていくなよ」と、なぜか女性方面で心配されていたのが不思議だったが。
諭されているラルスも、ポカーンとした顔でマルクスの話を聞いていた。
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