拝啓 天馬 すべてはストレスのせいだったのです
男性ばかりの環境は、やはり可憐な少女にとってはストレスになっていると思うのです。
いえ、皆が嫌いというわけではないのよ。
ただ男性ばかりの環境に身を置いていると、一瞬でもいいから甘い香りの風を感じたい。そう願ってしまう気持ちが、どうしても湧きあがってしまうのです。
いたずらな風に遊ばれたドレスがヒラリと舞い、風になびく金色の髪は陽の光でキラキラと輝き、薔薇の香りを身にまとったクリスティーナお姉様が、優雅にほほ笑むの。
「今日は、風が強いわね」
慈愛に満ちた青の瞳が細められ、赤い唇が麗しい曲線を描く。
そんな美しい世界を見てしまった故に、私は今がツライのです。
なんていうか、あれです。
色とりどりの美しい庭園から、木々が鬱蒼としている森の中に入り込んだ。みたいな?
花と木では色も形も、背丈も違うでしょう。
花と違って木は横にも縦にも大きいから、圧迫感を感じる。みたいな?
どうかしら天馬、この例え。微妙?
はぁ…。こういうときリリナ様なら、きっと心情を素敵に表現されるのに。私には、どうも詩的で繊細な表現ができないわ。
リリナ様みたいに、細部にわたって美しく、時に儚くしっとりと、よせてはかえす波のような感情の機微を言葉にすることができたらよいのに。
表現されるのがレオレオとニコルなのが、行間力のない私には少し辛いけれど。
…………えっと、なんの話だったかしら?
そう、ストレスの話だったわね! そうなの、ともかく私はいま少なからずストレス状態にあるというわけなのよ。
昨日もそのストレスを解消するために、羽を伸ばし過ぎて、祐がこんにちはしてしまったわ。
具体的に言うと、馬で疾走して、山を駆け上って、鳥を撃ち落として、むしって解体したの。ええ、美味しい焼き鳥にしてしまったというわけよ。勿論、命をいただく行為に最大の謝意を込めて祈ってからね。
端的に言って、令嬢としては失格よね?
昔、同じような行いをした時には、バートですらドン引いていたし。
いえ、さすがに分かってはいたのよ!
分かってはいたのだけれど、開放的な山の景色につい……。
私、自分が思っていた以上に心が病んでいたのかしら?
それとも、銅星の皆が昔のバートたちに思えて気が緩んだのかしら?
…………まぁ、でも今さら後悔したところでどうしようもないし、いいわよね!
これがロレンツオ様や、アラン様なら目もあてられない事態になるけれど、相手はまだ可愛い生徒たちだもの、口八丁でなんとかなるはず! 前世合わせたら三十九歳は伊達じゃないわ!
いけない、ルカにもちゃんと口止めしておかないと。さすがにロレンツオ様にバレてはマズいわ。社交界で、変な令嬢のレッテルを貼られてしまっては大変だもの。
そんなことになれば、クリスティーナお姉様やリリナ様の耳にも入ってしまうかもしれない。それだけは断固阻止!!
――――あ、そうだわ、天馬。
貴方、ちょっと私の夢に出張し過ぎではないかしら?
今までまったく出てこなかったくせに、“王の剣”に来た途端バンバン出てくるってどういうこと?
しかも生徒バージョンばかりよ。正直、涼香姉さんの制服姿は見たくても、近隣女子にキャーキャー言われていた貴方のブレザー姿なんて特段見たくもないわ。腹が立つ。
そこまで書いて、ふと手が止まる。
「そうだわ。“王の剣”にきたから夢を見るのね」
“王の剣”は学校だ。
しかも男ばかりの、言うならば男子校。
前世も男子校だった。大きなカテゴリーで言えば、環境は同じようなものだ。だからか、もう二度と戻らない学園生活を思い出し、前世の記憶が夢に現れるのだろう。
“王の剣”にきてから、やけに淑女がお留守番しているのも、前世の高校生活に記憶が引きずられて行動が祐的になっているのかもしれない。
と、そこまで考えて腕を組む。
いや、祐はそんな活動的な人間ではなかった。
どちらかといえば、学校では天馬以外とは特段誰とも話さず、一人本を読んでいるような根暗な男だった。
涼香の付き添いで合気道や柔道、護身術に一緒に通ったお蔭で運動神経はさほど悪くはなかったが、部活動に精を出すなど一切なかった。
前世の記憶のせいだと言い訳をしようとしたが、これではできないではないか。
「前世の記憶ね……」
呟くと、持っていた羽ペンでサラサラと書き始める。白い紙を埋めるのは、中村祐の、自分の前世の年表だ。
「母親に山に捨てられて、すぐに施設に入ったんだよな」
思わず口調が祐になっていたが、気づかずにソフィーは中村祐年表を書き進める。
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