拝啓 天馬 ストレス解消がしたいですXIV

 

 ソフィーの頭の中は、完全に己の知名度よりも美味しさの改善優先だった。


 “女王の薔薇”では距離の問題で難しかったが、王都ならばバートたちとも連絡が早い。時間差が発生しない分やり易いだろうと考え、しかしと首を捻る。


(それにしては、うちからなんの連絡も来ないわね。フェリオ、ちゃんとお父様に説明してくれたのかしら? あちらが話を通すと言ったから、なにもせずに待っているけれど、下手な説明でもして、バートの怒りをかったら怒られるのは私なのよ)


 この事業にはバートたち、特にエリークの助けが必要だ。


 幼い時から一緒に研究をしてきたエリークは、誰よりもソフィーの意に沿った考えでもって、的確な行動をしてくれるだろう。


 ロレンツオにもエリークを紹介しておきたかったのだが、次の合議まであと数日。このまま連絡がつかなければ、紹介するのは無理だ。


(まぁいいわ。どんな状況下でも、如才なく優雅に遂行するのが淑女というものよね。多少物事がうまくいかなかったからといって、取り乱してはいけないわ)


 凛とした淑女に、焦りの顔など似つかわしくない。


 ソフィーは唇を魅惑的にかたどって、心配げに眉尻を下げているラルスにほほ笑んだ。


「金星の皆も協力してくれるでしょう? 皆がいれば大丈夫、あっという間よ」


 本来なら大変なことを、この少女はサラリと口にする。彼女が言えば、本当に容易にできるような気がして、ラルスは胸が高揚するのを感じた。


「ブッ…クッ…クク!」


 二人のやり取りを見ていたマルクスが、堪えきれないとばかりに噴き出した。最初は我慢しようとしたようだが、すぐに無理だとばかりに大笑いに変わる。


「なによ、マルクス。変なキノコでも食べたの?」

「あんた面白すぎるよ…ッ! 本当に貴族の女か?」


 ヒーヒー苦しそうに笑うマルクスに、ソフィーが「失礼ね。こんな立派な淑女に対して!」と頬を膨らませた。


 気絶していたラルス以外、『淑女が、弓矢で鳥を撃ち落としてむしって解体して美味しい一品に仕上げるか?』と思ったが、口には出さなかった。皆、黙ったまま下を向いて食べることだけに集中した。余計なことを言って、貴重なごちそうを取り上げられでもしたら大変だ。


 その間も、マルクスは腹を抱えて笑っていた。


「いや~、こんなに笑ったのは、数年前にルカが一回戦で馬鹿を薙ぎ払った時以来だわ。あー、うけた」


 まだ口元は笑っていたが、それでも少しはおさまったのか目に涙を浮かべながらも、マルクスは真っ直ぐにソフィーの目を見て、口を開いた。


「俺たち平民に手伝えることなんてないだろうけどさ、なんかあったら銅星の奴ら全員、全面的に協力させるよ。――――俺が約束する」


 笑っていても、目は真剣だった。


 そのうえ、騎士の礼まで取るマルクスに、ソフィーだけでなく、ルカも目を見張る。


 銅星は平民ばかりで、貴族にいい感情など持っていない。相手がたとえ女性でも同じだ。


 軽い男を気取った口調をしていても、マルクスは軽はずみな約束などしない。そのマルクスが騎士の礼を取るということは、忠誠を捧げた証でもあった。


「言ったわね? その言葉、撤回はさせないわよ。貴方には色々教えてほしいこともあるし、こう見えて私、結構人使いが荒いのよ」

「いや、見たまんまだよ」

「見たまんまとはどういう意味よ!」


 シレッと答えるマルクスに、ソフィーが声を荒らげる。唇をへの字にして抗議しようとした瞬間、横からコンラートが能天気に間に入ってきた。


「お嬢! 俺も、俺も協力するからさ、またうまいもの食わせてよ! お嬢を師匠として尊敬するからさ!」

「師匠って、なんの師匠よ?」


 マルクスと違って、コンラートの言葉には重みがないうえに、ツッコミどころが多い。


 笑うと犬歯が出るところが犬っぽいなぁとソフィーが思っていると、コンラートが「そりゃあ、もちろん」と言葉を続けた。


「メシ作る師しょ…ッ!」


 コンラートが最後まで言う前に、横にいたサシャが顔面を叩いて黙らせた。


 調理中、さんざん『私がしているのは料理ではない、淑女は料理なんてしないのよ』と口にしていたソフィーの意を酌んだ行動だろう。軽はずみな行動が多いコンラートを諫めるのは、大抵このサシャの仕事らしい。


 とても暴力的な止め方だが、銅星にとってはいつものやり取りらしく、マルクスも肩を震わせて笑っているだけだ。


 声を大にして笑わないのは、ソフィーにまた『料理ではなく科学よ』の理論を延々と主張されることを避けたいからだろう。


 ソフィーが呆れていると、異議を唱えたのはまさかのラルスだった。


「ちょっと待ってください! 言っておきますが、ソフィー様にはもう金星一同が“ソフィー・リニエール様を女神として崇める会”を設立して、お役に立てるよう活動することが決定しているのですからね!」


 コンラートに意見するように指をさして高らかに宣言するラルスに、ソフィーの目が点になる。


 そんなこと、いつ決まった?


「じゃあ、銅星は“ソフィー・リニエール嬢を師として仰ぐ会”を設立しよう!」


 顔面を叩かれてもまったくこたえていないコンラートが、嬉々として宣言する。


「コンラート、お前アホなくせに“師として仰ぐ”なんて言葉、よく知ってたな?」


 マルクスの問いに、ソフィーはツッコむべきはそこではないと言いたかった。


「え、だってドニさんがよく『俺を師として仰げ』って言ってるじゃないですか」

「……ああ、そうだったな。わりぃ、お嬢さん。日常茶飯事すぎて忘れてたけど、うちってアホの集まりだったわ」


 笑って言うものだから、ソフィーも冗談なのだろうと適当な相槌を打ってその場を流した。


 まさか金星、銅星が宣言した通りの会を設立するとは夢にも思っていなかったのだ――――。

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