拝啓 天馬 ストレス解消がしたいですXIII

 

 ふっと、良い香りが鼻腔をくすぐる。


 目が覚めたラルスは、香ばしい匂いに空腹を覚えながら目をしばたたく。


「ラルス、ちょうどよかった。焼きあがったから貴方も食べて」


 山々の美しい深緑の色にも負けない瞳に見つめられ、ラルスがぼんやりと綺麗だなぁと思っていると、何かを手渡された。


「はい、貴方の分」

「あ、ありがとうございます!……あれ? 僕、どうしたんだっけ?」


 いつの間にか木にもたれて寝てしまっていたようだ。しかし、なぜこんな所で寝ているのか覚えておらず、ラルスは未だボーとした頭で首を傾げた。


 またふわりと良い香りがする。ソフィーから手渡されたのは、大きな葉っぱの上に盛られた肉と、山菜を炙ったものだった。香りの正体はこれのようだ。


 周りをよく見ると、銅星がすごい勢いで食事を取っていた。皆、腹に少しでも早くおさめたいとばかりに、一心不乱に食べている。


 そんな中、ルカが一人じっと葉の上の食事を見つめていた。


 ルカはしばらく悩み、意を決したように頭をあげると、恐る恐るソフィーに疑問をぶつけた。


「ソフィー様……今まで頂いていた昼食は、もしかしてソフィー様が料理され…」

「ルカ、この調味料を見て」


 最後まで言う前に、調味料の入った容器を目の前に突き出された。


「これには、大豆、食塩、小麦、アルコールが入っているの」

「は、はい?」

「これらをうまく調合することによって、この“黒い雫”はできるのよ。さじ加減一つで味は異なり、製造過程で不備があればこんな味にはできないわ」

「はい?」

「一つ一つの融合、これは科学だと思わない?」

「は?」

「鶏肉に“黒い雫”で下味をつけ、焼くことによって化学反応を起こし、香ばしい焼き色がつくの。メイラード反応よ」

「メイラー…ど?」

「何気ない日常の中にも、科学は多く存在しているわ。つまり、私がしているのは料理ではなく科学の実験なのよ。そして、これはその結果としてもたらされた産物というわけよ」

「はぁ…?」


 厳かに告げるソフィーに、ルカは意味が分からないなりに返事するが、やっぱり意味が分からなかった。


「見なさい、この葉を。この葉をなぜお皿代わりに使っているか分かる? この葉には殺菌作用があるのよ。つまり…」

「お嬢さん、御託はいいから早く食ったら?」


 すでに完食していたマルクスが言う。


「まぁ、御託とは何よ」

「ルカも早く食えよ。ほら、坊ちゃんも」


 ソフィーのご立腹をさらりと無視して、マルクスはボーとしているラルスにも声をかける。


 ルカとラルスは言われるままにもそもそと食べ始め、口にいれると同時に美味しいと呟いた。


「しっかし、これすげーな。いれただけでメッチャうまくなる」


 ソフィーの手から“黒の雫”をひょいと取ると、マルクスは感心したように容器をちゃぷんと振った。


「“黒の雫”だけじゃなくて、他にも臭みを消すために山の植物も使っているけど。でも、マルクスたちの口にあったということは、“黒の雫”が市井でも受け入れられる味ってことよね!」

「受け入れられたところで、これすごい高級品だろう。買えねーよ」


 マルクスが呆れたように眉をひそめた。


「今は確かに高級品で売っているけれど、そのうち安価で売り出す予定だから大丈夫よ。でも、その前に携帯食をもっと美味しく改良したいわね。やはり騎士の栄養食だもの、味も栄養もどちらも重視しなくてはいけないわ」


 その言葉に、ラルスは『なぜ携帯食の話に?』と疑問になってよく見ると、ソフィーが食べているのは自分たちとは違うものだった。


「ソフィー様、それは?」

「マルクスが念のためにと持ってきてくれていた携帯食よ。王国騎士御用達のものだそうよ」


 少量しかないうえに、紫星が食べるような品物ではないとマルクスには止められたが、なんでも試したがるソフィーは食し、すぐに改良を決意したのだ。


「美味しくなくても口に入れてお腹が膨れればなんでもいいなんて、私は認めないわ。ええ、認められるものですか……」


 その口元は笑ってはいるが、黒い影が揺らめいているように見えるのは何故だろう。


「マジで!? お嬢、携帯食うまくしてくれンの!?」


 マルクス曰く、アホの塊と言われているコンラートが嬉々としてソフィーに寄る。


「ええ、任せなさい。この私が断言したからには必ず実現させてみせるわ」

「で、ですが、ソフィー様には大切なお役目もありますし!」


 寝てしまっていたため、事の成り行きがいまいちよく分かっていないラルスだったが、ソフィーの言葉に慌てて止めに入る。ソフィーが“王の剣”に来た理由は下水道計画という大きな事業のためだ。決して騎士の携帯食を改良するためではない。


「あら、それくらい同時にやるわよ。ラルスも手伝ってくれるのでしょう?」

「へ? は、はい、勿論です!」


 全てにおいて条件反射でイエスマンを発揮しているラルスは、よく考えもせずに答えた。


「私が“王の剣”でリニエール商会の事業を行うことについても、殿下から許可は貰っているから心配はいらないわ」


 フェリオからも、下水道計画に支障がなければ、リニエール商会の事業も継続して行っていいと許可を得ている。フェリオとしては、リニエール商会を巻き込んだ方が、ソフィーの名声に繋がるだろうと判断してのことだったが、三年で名声と知名度をあげろと言われたことを、この時ソフィーはすっかり忘れていた。

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