拝啓 天馬 ストレス解消がしたいですⅫ
そこに、一人の銅星がニコニコ顔でやってきた。
「マルクスさん、蛇見つけましたよ! 肉です肉!」
ソフィーより年下にみえるコンラートという名の少年が、嬉しそうに一匹の蛇を手に掴んで持ってきた。その蛇の頭部はもうなく、絶命しているのかピクリとも動いていない。
「ひッ!」
ラルスが小さく悲鳴を上げた。
王都では蛇など一般的に食べない。宗教的な禁止事項がないオーランド王国は、牛、豚、鳥の肉は食べるが、蛇やカエルなどを口にするのは平民でも下の階級だ。ラルスの階級では、食材として認識していないどころか、普段蛇を目にすることもほとんどない。
「え…ちょっと、それを調理して食べるの?」
完全に引いているラルスの横で、ソフィーが信じられないとばかりに声を上げた。
「いや、だから言ったじゃん! その辺のを狩って食べるって。お嬢さんにとってはあり得ないことかもしれないけど、蛇は俺たちにとっては大事な肉で…」
「そういうことではなくて、なぜ頭部を切ったのよ!」
「へ?」
頭部を切るのは可哀想だとかそういうことか? とマルクスが首をひねっていると、蛇を持ってきたコンラートが答えた。
「頭切ったらすぐ死ぬから、料理するのに楽じゃないっすか」
剣の将来性はあるが、頭が軽いことに定評のあるコンラートは、紫星に対して何の畏怖もないのか返事も軽かった。
「ビャクヤ蛇の頭部には小さな毒袋があるのよ。なぜ毒袋を取り除かずにそのまま叩き切ったの。毒袋を切った時点で、この蛇の体に毒が回るじゃない」
「へ~、ビャクヤ蛇って言うんだ、この蛇。で、毒袋ってなンすか?」
「貴方が切ったこの小さな黒い塊よ。切るなら毒袋より下を切り落としなさい」
ソフィーはコンラートから蛇を掴み取り、黒い部分を指さした。
ソフィーの近くにいたラルスには頭部のない切口がよく見えたようで、クラリと倒れた。慌ててルカが支えてやる。
そんなルカとラルスには目もくれず、コンラートがのほほんとした声でソフィーに問う。
「毒あるンすか、この蛇に? でも、皆普通に食べてるのに?」
「毒袋をちゃんと取り除けばいいのよ。取り除けば食べられるものを、貴方は毒袋ごと頭部を叩き切ったことで、血管を経由してビャクヤ蛇の全身に毒を回らせたのよ」
「ええ~? でも、取り除いて食べるとか聞いたことないし」
「毒は少量だからまったく食べられない訳ではないけれど、体調が悪い人や元々体がこの毒を受け入れない人は吐き気や、眩暈、腹痛を起こすのよ。戦場や夜営で免疫力が落ちている時に、こんな食べ方をしたら体調を崩すわよ。まさか根性と気合でなんとかするとか言わないでしょうね?」
「オレはなんとかなってるかな!」
マルクスは慌てて「オレ、結構運いいンで~」と間延びして答えるコンラートの口をふさいだ。
「悪い! コイツ、銅星の中ではわりといい所の出なンだが、アホで!」
「確かに運は大事よ。でも、運と根性論だけで物事を推し進めるのは賛成できないわ」
(コンラートもアホだが、このお嬢さんも何を言ってンだ? コイツの礼儀知らずな態度には怒ってないってことでいいのか?)
マルクスが頭を悩ませていると、ふと気づく。
「あ…」
ゆっくりと何かを察したように眉を顰めるマルクスに、ラルスを支えていたままのルカが心配げに声をかけた。
「マルクスさん、どうかしましたか?」
「俺、昨日アイツに蛇やったわ…」
「アイツ?」
「ドニに…」
よく腹痛を起こすドニを思い出し、場に沈黙が落ちる。
「そう言えば、アイツの腹痛って山岳演習の時ばっかだな…」
腹痛ばかりを呆れていたが、今回の原因は自分であったことに気づき、タラリと一つ汗が落ちた。
「マジか…いや、でも俺は食っても平気だったけど?」
「毒耐性がある人間とない人間の差ね。今はマルクスも元気だからいいけど、免疫力が下がっている時には気をつけた方がいいわよ。下手したら脱水症状起こして死ぬこともあるから」
サラリと怖いことを言う少女に、その場にいた全員が息を呑んだ。
そして、なぜかここから、紫星のご令嬢による簡単クッキングが執り行われた。
「ビャクヤ蛇は、まず毒袋に傷をつけないようにこう切るのよ。口の辺りにあるから、この辺までが毒袋がある位置で……ちょっと、コンラート、その鳥はちゃんと血抜きしなさい。綺麗に洗って、内臓もちゃんと取るのよ。そこ、ルドルフ! 手を抜かずに処理なさい。戦場のような危機的状況ではなく、処理のために使える水があるのなら手間を惜しんではダメよ。サシャ、焼き方があまい! ちゃんと焼きなさい、これ生じゃない!」
マイ包丁を片手に、銅星に指示を飛ばすソフィーに、ルカとマルクスは茫然と立って見ていた。
ちなみに、ラルスは未だに気絶している。
「ちょっと、マルクス! 貴方たちの現地調達は、焼けばそのまま食べられると思っていない!?」
「あー……この組、王都出身者が多いから、あんま処理方法とか知らないンだよ。まぁ、俺も焼けば全部食えると思っている方だけどさ」
いや、その辺で狩って食うってできないじゃん。王都近隣は狩猟禁止だし。現地調達も、肉を食いたいからしているようなもンで、携帯食が切れた場合を想定して行っているとかじゃなくて…と、長々と言い訳をするマルクスに、ソフィーは数秒考え込む。
「とりあえず、その血の付いた変な短剣持って話されると、なんか怖いンだけど。持参したの、それ?」
「短剣ではなくて包丁よ。ダクシャ王国の鉄で作った、よく切れる特別な一品よ」
「なんでお嬢さんがそんなもん持ってンだよ……」
用心の為に帯剣するならまだ分かるが、貴族の令嬢がマイ包丁を持っている意味が分からない。普通、包丁を持つ必要があるのは料理人か、普段の食事を作る平民くらいだ。
しかし、ソフィーはマルクスの疑問には答えず、逆に質問した。
「美味しく食べることに、異論はないと言うことよね?」
「え?」
「さっき『肉を食いたいからしているようなもん』って言ったでしょう。なら、調味料を使って美味しく食べても、演習の目的から逸脱している行為ではないと言うことよね?」
「そりゃあ、別に……。でも、調味料なんて持ってきてないぜ」
「コンラートたち、ちょっと待って! 下味をつけましょう!」
ストップをかけるソフィーに、マルクスは「いや、だから調味料ないって…」とあきらめずに呟いた。
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