拝啓 天馬 ストレス解消がしたいですⅪ


 ソフィーとマルクスが話している横で、瀕死状態のラルスがルカの腕を掴む。


「ルカ殿! 大変申し訳ないのですが、乗馬と体力の付け方を教えていただけないでしょうか!?」

「え? …あ、はい! ボクでよければ……」


 ソフィーという存在がなければ口を利くことなどなかったであろう金星からの頼みごとに、ルカは慌てて返事をする。一瞬、自分では力不足だと断ろうとも思ったが、ラルスがあまりにも真剣な瞳だったため、反射的に承諾してしまった。


「あら、素敵じゃない。ルカは教え方が上手だし、相手のこともよく気をつけてみてくれるから先生として最適よ」

「はい、精進します…」


 ラルスが力なく答える。


「それに、できないことをできるようにチャレンジすることは大事だわ。恥ずべきことは、できない今ではなく、できなくてもよいと諦める心だもの。自分を高める気持ちをもつラルスは、向上心があって素敵よ」

「は、はい!」


 この時、二人のやり取りを見ていた銅星たちは思った。


 ――――このお嬢さん、飴と鞭がうまいなぁ、と。


 ソフィーの容赦ない発言に、憔悴し落ち込んでいたラルスだったが、今は目をキラキラとさせ、まるで飼い主に褒められた子犬のような顔で喜んでいる。


「こえーな…」


 マルクスが我慢できずに呟く。


「ああいうのを悪女って言うンじゃねーの?」

「マルクスさん、不敬ですよ」


 咎める声には、ルカにしては珍しく険があった。


 マルクスの知っているルカは、基本苦笑くらいの表情しか出さない。ムッとした表情など、数年の付き合いの中でも、今まで一度だって見たことがなかった。


 へー、そんな顔もできるのかとつい凝視していると、本人も自分の言葉に戸惑ったのか、気まずそうに視線を逸らす。


 正面を見れば、貴族の中では地位は低いが王国一の星を持つ少女と、子爵家豪商の跡取り息子、出自は平民でも貴族の姓をもつ侯爵家の三男。平民のマルクスからすれば、そうそうたるメンバーだ。


 紫星のお嬢さんも、金星のお坊ちゃんも平民の自分には関係ない。どうせ、すぐに途中リタイヤするだろうから、その時はルカに任せ、自分は機嫌を損ねないよう適当に相手をしていればいいと思っていた。


(なんか思ってたのと違うンだよな…)


 もっと世間知らずの甘えたお嬢さんだと思っていただけに、予期せぬ行動の数々にはどうにも調子が狂う。


「うーん、……なんか、今日はもう疲れたし、この辺で昼食にするか。おーい、各自食えるもん探してこい」


 マルクスの言葉に、銅星の生徒たちが喜色を浮かべて、食料調達に各自散っていく。


「まってマルクス。私たちの参加で、貴方たちの予定を狂わせるのは悪いわ」

「俺も二日連続で山登って怠いし、もう少し歩いたら山水が流れてる場所もあるから昼食作るにはちょうどいいンだよ」


 どうみても、マルクスが疲労しているようにはみえない。こちらを気遣っての言葉に、ソフィーはラルスの体調を考え感謝した。


「じゃ、お嬢さんはどっか座って食っててくれよ。俺たちは調達するところからだからさ」

「あら、私なにも持ってきていないわよ」

「はぁ!? メシ持参って言っただろう!」


 ソフィーが着替えに行く際、マルクスは昼食になるものを持ってくるように伝えていた。なのに、用意していないとサラッと答えられ、マルクスの方が慌てる。


「貴方たちが現地調達して、調理するのに、私だけ持参したものを食べるわけにはいかないじゃない」

「いや、いかなくないだろう! 現地調達ってのはな、その辺の草とか狩った獣を食うってことで……。マジかよ…店なんか周りにないンだぞ!」


 焦って言うマルクスに、ソフィーが頬を膨らませた。


「ちょっと、まるで私が意味も分からずにきた愚か者みたいじゃない。現地調達の意味なら分かっているわよ。見た感じ、この山で食べられる山菜は、タラッポとカクマとあと白イチゴくらいかしら」

「え…」


 的確に言い当てたソフィーに、マルクスが固まる。


 そっとルカを見るが、同じく驚いているようなので、ルカが事前に伝えていたわけではないことが分かる。


「何組かに分けて演習しているとのことだったけど、山菜を取りつくさないようにちゃんと配慮して取っているのね」


 銅星は、大体二十人一組で演習を行なっているが、一組が山菜を取りつくすと他の組が困る。


 その辺は計算して必要な量だけを取るようにしているのだが、またもやサラリと言い当てられマルクスは「マジかよ…」と呟く。

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