拝啓 天馬 私はどうやら“王の剣”を甘くみていたようですⅤ


 ソフィーはコホンと咳払いをすると、白々しい笑みを浮かべた。


「貴方が、やけに女性に対して批判的な発言をしていたから、違う視点というものを教えてあげたくて。このことを、誰にも話さずに私との秘密にするなら、続きを読ませてあげるわ」

「本当ですか!? もしそれが叶うのなら、決して口外せず一生の秘密と致します!」

 

 ハッキリとした口調で宣言するラルスの瞳は、真摯でその中に嘘や偽りは感じられなかった。


「そうね、ならば貸してあげましょう」

「あ、ありがとうございますっ!」


 破顔して喜ぶラルスに、しかし言葉を続ける。


「でも今日はダメよ」

「なぜですか!? 忠義が足りないからでしょうか!?」

「だって、今日貸したら、また寝ずに読んでしまうでしょう?」


 ウッとラルスが詰まる。


 なぜ分かるのか、自分がそうだったからだ。


 ソフィーと同じ感想を持つラルスは、絶対に同類だ。一巻を貸せばじっくりと噛みしめるように読み、徹夜することは間違いない。


「貴方、目の下に隈ができているわよ。今日はゆっくり休まれることをおススメするわ。本は、お休みの前日に貸してあげるから」

「なんという慈悲……っ。はい、それまで我慢いたします!」


 少しばかり残念そうではあったが、それでも聞き分けよく返事をする。その顔は先ほどまでとは違い、ツヤツヤと血色がよい。


「あのぉ…、ボクはここにいて良かったんでしょうか?」


 今までことを黙って見ていたルカが、言いにくそうに声をあげた。


 二人から発せられる秘密という言葉に、ルカはずっと「え? え? これ、ボク聞いていていいのかな?」と戸惑っていたのだ。話の内容がまったく理解できなかったからこそ、余計に焦ってしまった。


「ルカはいいわよ。絶対に口外しないでしょう?」

「は、はい!」


 勿論そのつもりではあるが、ソフィーにそう言われるとなんだか怖い。


 もしも間違って口外したら、昨日のラルスみたいな口撃を受けるのだろうかと考えるとゾッとする。


 ルカが可愛らしい顔を恐怖に引きつらせている横で、ソフィーはにこやかにラルスに笑いかけた。


「では、秘密の共有者を歓迎するわ。ラルスと呼んでも良いかしら?」

「はい、光栄です! このラルス・リドホルム、剣術には秀でておりませんが、お荷物くらいなら持てますので!」

「いいえ、荷物は自分で持つからいいわ」


 間髪を容れずに拒否すれば、ラルスがおろおろと狼狽えた。


「ですが、他に僕ができることなど…」


 ラルスが小さく呟く。


「あら、たくさんあるわよ。でも、ラルスは本当にいいの? 歓迎されていない紫星と一緒にいると、貴方もあまり良い言われ方はしないわよ?」


 黒星からもあれだけ敵対心を持たれている紫星だ。一緒にいればいわれのない悪評を流される恐れは十分にあった。しかし、その言葉にラルスが戸惑いの顔を浮かべることはなかった。


「ソフィー様は僕とは違う、素晴らしい機知に溢れた方であることは、昨日のアラン・オーバン様のお話からも、この本からもよく理解できました。僕はそれをもっと学びたいです!」

「代償を払うことになっても?」

「代償よりもっと大きなモノを得られる機会を逃しては、金星とリドホルム家の恥です!……もう、自分に自信がないからと、心を盾で武装するのは止めました。マーガレット様だって、あんなに健気に頑張っていらっしゃるのに、男の僕がいじいじと我が身ばかりを守っているなど、男として恥ずかしいですっ」


 さすが『咲くも花、つぼみも花』だ。四分の一しか読んでいない少年を、ここまで変えてしまうとは。


「それだけの覚悟があるなら、私も容赦はしないわよ。私は、ここで一番金星の力が欲しいのだから」


 ソフィーの言葉に、ラルスの目が大きく開く。


「金星が……一番ですか?」


 予想もしていなかった言葉に、ラルスが息を呑んだ。


 きっと優秀な紫星にとって、一番いらないのが金星だと思っていた。


 黒星や銅星のように守る剣も、銀星のように進む知識も持たない金星。


 けれど、彼女がそれを一番に欲してくれるなら、いくらでもこの手を差し出そう、そう強く決意する。


「ソフィー様のお力になれるよう、尽力いたします」


 先ほどまでの最敬礼より礼の角度は深くないが、心からのそれに、ソフィーは優雅にほほ笑んだ。

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