ソフィー・リニエールというご令嬢~ラルス・リドホルムの崇拝~
ラルス・リドホルムは子爵家の長子として生まれ、生まれた時から金銭的な面においては何不自由ない生活を送っていた。
金星は無事“王の剣”に入学さえすれば、金で星三つを賜ることができる。しかし、そのための資金はかなりの金額となるため、星三つを手に入れることができる者はそう多くはなかった。
その数少ない者の一人が、リドホルム家長子であるラルスだった。ラルスは、三年ほど在学していれば、星三つを賜ることがすでに確定していた。
だが、それは家と金の力であり、ラルス自身の力でないことは十分理解していた。
リドホルム家は、紡績業で莫大な資産を有する豪商であったが、それはすべて現当主の商才のお蔭だ。ラルスの父は、星四つを賜った、金星の中でも上位の存在だった。
星を三つ賜ることは金さえあれば、本人の努力もなく簡単だというのに、星を四つにできる者は稀。まさに商才と天性のセンス、そして運が必要になってくる。
すべてを兼ね備えていた父を、幼い日のラルスはいつも尊敬していた。
しかし、年を重ねるごとに、それは重くのしかかる。
偉大な父の名を継ぐことが、自分にできるだろうか。
ラルスは自分が凡人であることを分かっていた。商才など無く、ただあるものをあるようにしかできない。
星が一つ増えるごとに、それは恐れになった。
(星が三つになったら、僕は父上と同じ世界に立たなければならない……)
十三で星を一つ、十四で星をまた一つ。十五になれば星は三つ。星が三つになれば、卒業だ。それがとても恐ろしかった。
長子という肩書以外なにも持たない息子に、皆ガッカリするだろう。父が偉大なだけに、その息子の凡庸ぶりに、きっと陰で笑うのだ。それは、自尊心の強いラルスにとって、何よりの屈辱だった。
キリキリと胃が痛む日々の中、突然転機は起こった。
第一王子が、女性の、しかも男爵令嬢に紫星を与え、ある事業の成功のため“王の剣”をその拠点としたのだ。
学院内に激震が走った。すべてが前代未聞だった。
第一王子は、その出自のため、王位継承に異を唱える者も多い。
公爵令嬢との婚約によって地位は確立したが、なにかあればどうなるかは分からない立場にある。それなのに、なぜそのような危険な賭けにでるのか、正直理解できなかった。
しかし、一番理解できなかったことは、そのご令嬢が訪れる初日に自分が呼ばれたことだった。
大した説明も無く呼び出され、ポツンとただ待たされた。集められたのはそうそうたる顔ぶれで、銀星にはあの星五つを賜った稀代の天才、ロレンツオ・フォーセル、そしてその右腕、副所長のネルト・バースまで来ていた。
そんな中に、金星は自分一人。
どう考えても、自分は父の名だけで呼ばれたのは明白だった。
同時に、まだ“王の剣”の学生でしかない金星に期待などしていないことが窺い知れた。
(別に…、元々貴族の間でも、金星など成金扱いだし……)
黒星にしても、銅星にしても、皆自分の力でのし上がってきた者たちだ。自分のように、金で星を買った無力な者ではない。
この場にいることが恥ずかしく、居たたまれなかった。
逃げ出してしまいたい気持ちでいると、件の少女が到着した。
現れた少女、ソフィー・リニエールは黒髪が美しい容姿端麗な令嬢だった。
彼女の父、エドガー・リニエールの名は有名だが、不思議とその娘の話はあまり聞いたことがなかった。お茶会や、貴族の噂でもなかなか聞かないほどなのだから、きっと父親似の厳つい娘なのだと思っていたが、まったく違った。
細い体に、七分袖から見える白い腕。ドレスは、彼女の瞳の色と同じ緑を基調としたものだが、同じ緑一色ではなく、上下で明るさの色合いを変えたそれは刺繍が美しく、手間のかかるレースフリルも高級なものをふんだんに使っていた。華美になりすぎないよう、隠れるように縫い付けられているビーズが、ドレスが揺れるたびに現れキラキラと輝いている。
全体的に見れば豪華な装いなのに、どこか上品でおとなしく見える。それが、普通の令嬢と違い、ドレスに着せられていないからだとすぐに分かった。凛とした少女は、ドレスに負けない存在感があった。
表情は緊張しているのか冴えないように見えたが、紡績業を生業としている家を持つ身だからこそ分かる。あのドレスにまったく着せられていない女性など、そうはいない。
(ああ、これはダメだ……)
これは、絶対自分などお呼びではない。
それだけはすぐに分かった。
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