拝啓 天馬 私はどうやら“王の剣”を甘くみていたようですⅣ
完全にやらかしたソフィーに、ラルスが涙目で訴える。
「これは、どちらもソフィー様が書かれた本なのでしょうか?」
「い、いえ、物語の方は違うわ」
「そうですか、筆跡が同じだったので…」
「私は、一巻の最初の方を手で写しただけよ」
その言葉に、ラルスの目が輝く。
「では、やはり続きがあるのですね! お願いします、続きをお貸しください! プロローグから素敵でしたが、この最後の三十五ページは特に続きが気になってしまって! このあと、マーガレット様はどうやってローズ様に、その名を覚えていただくのか……気になりすぎて、一睡もできませんでした!」
熱いパッションを解放させて声を上げるラルスに、ソフィーも思わず一歩にじり寄ってしまう。
「分かるわ! 最初の導入から、まるで愛しい人を想うような胸の痛みを、詩で切なく表現しているこの美しさ、心を掴まれるわよね!」
「はい! あと、二十八ページの、ローズ様を慕うマーガレット様のお気持ちには、胸が痛くなりました! 二人は学院に入る前にお茶会で出会っていたのに、ローズ様はマーガレット様のことなど覚えておらず、一人の下級生としか見ていないなんて……切なさで心が押しつぶされそうでした! なのに、健気にマーガレット様はローズ様を…!」
まるで涙を流さんばかりに拳を握るラルスのその拳を、ソフィーはそっと両手で重ねた。
「そのページ、私もそう思ったわ!」
まるで異国の地で同士に巡り合えたように、二人は熱く視線を交わした。
「え…? え?」
ルカは、二人のやり取りの意味が分からず混乱した。
教本がいったいどんなものなのか分からないルカにとって、二人の会話に出てくるご令嬢の名前はいったいなんなのか、なぜここでご令嬢の名前が出てくるのか理解できなかったのだ。
「この本で、僕は愛というものが分かったような気がします! 同時に、自分の行いを反省いたしました。どうか、この暗愚に、正しき道をお導きください! 続きをお願いいたします!」
ラルスからの三度目の最敬礼に、ソフィーはしばし考える。
『咲くも花、つぼみも花』は本来、“女王の薔薇”の生徒とその家族くらいしか読めないものだ。男性には絶対読ませないというわけではなく、家族であればコッソリ読んでいる者もいるらしい。リリナの父も、実はひっそりと『咲くも花、つぼみも花』の愛好家らしいのだ。
口外さえしなければ、男性でも読むことは特段禁止ではない。そう、口外しなければ。
ソフィーは考え込むように、手のひらを頬にあて首を傾いだ。
「そうね……。でも、この本は、女学院に伝わる伝統的なものだから、本来殿方がやすやすと読める本ではないのよ」
その言葉に、ラルスはショックを受けた。
「そんな…! では、この本は一般的に売られているものではないのですか!? こんなに素晴らしい本が、世に出ないなんて……」
絶望するラルスに、ソフィーは深く頷く。そう、こんなに素敵な本が世に出ないなど、世界の損失と言っていいだろう。
「ええ。これは本来“女王の薔薇”の生徒しか読めない、至宝の一冊なのよ」
「で、では、なぜそんな素晴らしい一冊を僕に?」
「…………」
間違って渡したとは言えない。
いや、言うべきか?
しかし、いまさら言ったところで読んだ後ではもうどうしようもない。ならば、やはり口外させないためにも、共犯にするしかないだろう。
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