ソフィー・リニエールというご令嬢~ロレンツオ・フォーセルの黙考~

 

 扉が閉まる音と退出するルカの足音を聞きながら、さて、とロレンツオは考える。


 ルカの報告は、なかなか意外なものが多かった。しかし、


「アラン殿か…。先を越されたのは少々痛かったな」


 まさか、多忙を極めているアランが、こうも早く接触を図るとは予測していなかった。


 金星の人脈はどの星の中でも一番広く、早い。ロレンツオが彼女の名を知る前から、金星四つ以上を賜った者たちの間では、ソフィー・リニエールの名は有名だったようだ。


 初日の挨拶を、誰よりも先に許されたのはロレンツオだったが、その日、天才と称した少女はどう見ても気分が優れていなかった。


 これからのことを思えば、それも当然かと、密な話を先延ばしにさせたのがいま考えれば甘かった。自分らしからぬ甘さをなぜあの時に発揮してしまったのか。


 しかも、今日聞いた話では、ソフィーの性格はなかなか豪胆のようだ。


 初日はあれほど内気な表情を見せておいて、その数日後には、黒星の悪意をものともせず、あの金獅子にも怯まない。まるで化かされたような気分で笑ってしまう。変わり身の早さは、商家の娘だからだろうか。


「下手に金星の才能があるのも困りものだな…」


 金星に彼女を取られては困るのだ。


 無知な黒星が読んでも理解できないであろう彼女の計画書は、ただの研究者が机上の空論で書いたものとは違い、生活に根付いた息吹があった。施設を建設するために使われる材料、薬品、そしてその場所。文章の中では、まだまだ選択と改良の余地があると記されていたが、オーランド王国における物流をよく理解しているからこそのそれは、金星の才能を多分に感じるものだった。


 金星は、柔和な顔の裏では縄張り意識が強く、警戒心が強い。


 だが、銀星と違い、一度認められればその仲間意識は強いものとなる。


 ソフィーが金星に取り込まれることは、銀星にとっては歓迎すべきことではなかった。


 銀星は、ただでさえ、星の数を賜れるほどの人材がいない。有能な人材が金星にいかれては困るのだ。


 金星、銀星どちらの才能も兼ね備えた少女が、もしどちらか一つの星を賜るとなれば、星を与える前にアランにも話が渡り、賜る星の色で揉めることとなっただろう。


 星五つを賜った者が読めばすぐに分かる。時代の寵児を、どの星がいただくかで亀裂が走るのは必至だ。


 ロレンツオとしては、そういった意味合いでも、第一王子が紫星を与えたのは聡明であったと思う。


 第一王子がソフィーに紫星を与えると宣言した際、ロレンツオは特段驚かなかった。王に意見を求められた時も、それが相応しいと進言した。


 しかし、紫星と言えど、彼女の父が金星を賜っているエドガー・リニエールであることを考えれば、金星に取り込まれる可能性は十分に高い。


 一応ルカには“王の剣”でのアランの動向を伝えるよう言ったが、忙しい彼がそう学院に足を運ぶことは無いだろう。


 その間に、ソフィーという少女をもっと知る必要がある。


 彼女のお蔭で、ここ最近は会うのが楽しみだという感覚を思い出すことができた。


 ソフィーが寄こした、質問の回答を今一度じっくりと読みながら、ロレンツオは我知らず笑みを浮かべていた。

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