ソフィー・リニエールというご令嬢~ルカ・フォーセルの戸惑いⅡ~


「今日一日の彼女はどうだった?」

「はい…」


 問われ、なんと口にすればよいのか一瞬迷う。


「お元気そうでした。…その」


 正直、ソフィー・リニエールというご令嬢は、女性に対してほぼ免疫がないルカにとっては強烈すぎて、なんと説明してよいか分からなかった。


 とくに、食堂での金星との一件を口にしたらマズイという意識があるため、余計に言葉を選んでしまう。


 本来なら、ロレンツオに全てを報告すべきだ。


 一連の騒動をロレンツオに伝えても、きっとどうということは無く、ただ情報として耳に入れるだけで、例えばうっかり口にしてしまうなんてことは、この兄には絶対にあり得ないことだ。


 それでも言えなかった。


(紫星様のご命令だし…)


 心の中で言い訳をしてしまうなど、初めてだった。


「ソフィー様は、“王の剣”が拠点地であることに戸惑いがあったようで、初日は不安で、紹介された方々をほとんど覚えていらっしゃらないと仰っておりました」


 やる気が出なかったから覚えていなかったとは言わず、出来るだけマイルドに伝えると、ロレンツオがじっとルカを見る。


 そして一言。


「なんだ、ソフィー様はもうご理解されたのか」


 聡い兄は、すぐにルカの、言葉の選び方の違和感に気づいたようだ。


 長い指を口元に当て、思ったより早かったという兄に、ルカは慌てて謝罪した。


「申し訳ありません、ボクが不甲斐ないばかりに! ……ソフィー様は、ボクが兄上の命で護衛に志願したことに、すぐに気づかれたようです」

「まぁ、姓を名乗ればすぐに分かることだ。それで、内通者のような事をするなと言われたか?」

「いえ…。ただ、その…」

「なんだ?」

「……令嬢らしからぬ発言と行動の報告だけはしてくれるなと。それ以外は、とくに禁止されませんでした」


 口にすれば、ロレンツオが分からないとばかりに目を細め、そして小さく笑った。


「あんなものを策定する人間が、今さら令嬢らしからぬとは…」


 硬質な宝石のような雰囲気が少し和らぐ。


 笑う兄の顔は久しぶりだ。唇を上げる位の笑みはするが、声をあげることはほぼない。


「それで、令嬢らしからぬ発言と行動以外ではどうだった?」

「は、はい。現在ソフィー様はまず“王の剣”を知るため、黒星、金星、銀星、銅星の授業に一日ずつ参加されるご予定のようです。……ですが、やはり女性の紫星は受け入れがたいようで、取り巻く空気はあまり良くないかと。今日はボクが護衛だったせいか、悪し様に口にし、逃げた輩がおりました」


 先ほどの笑みが嘘のように消え、ロレンツオの眉が顰められる。


「ソフィー様はなんと?」

「驚くほどに、気にされてはいないご様子でした。我慢されているというよりは、本当にどうでもよいという感じで。……ボクが抑止力にならなかった事は明白なのに、明日もボクに護衛をして欲しいと仰って下さいました」


 その言葉に、ロレンツオが満足げに唇の端を上げた。


「気にいられたようだな。普通の令嬢なら、ジェラルド・フォルシウスを好んで護衛にしそうだが」

「気のせいかもしれませんが、その…。ソフィー様はあまり黒星がお好きでないような印象を受けました」


 美貌のジェラルド・フォルシウスにも、黒星一つを賜っているキース・ダドリーにもソフィーはまるで心を奪われていないどころか、言葉に少しだけトゲを感じた。それはルカの気のせいかもしれないが、それ以外の言動が優しかっただけに、少し気になった。


「気づいているんだろう、黒星が一番ソフィー様をよく思っていない事を」

「え…」


 ルカの脳裏に、害意ある言葉を吐き、逃げた男の声が蘇る。


『殿下を誑かしておいて、なにが紫星だ』


 黒星は、本当にそう思っているというのだろうか。


 銀星五つを賜ったロレンツオ・フォーセルが認めた少女なのに? 


 それとも、それさえも作られた虚像だと思っているのか。

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