ソフィー・リニエールというご令嬢~ルカ・フォーセルの戸惑い~
「ルカ、“王の剣”にソフィー・リニエールという男爵令嬢が入学する。護衛役が選出されるはずだ。銅星から護衛役に志願しなさい」
一週間前、ルカは兄より命を受けた。
ルカにとって、ロレンツオ・フォーセルは異母兄だ。
だが、実家は公爵の爵位を持つご令嬢から生まれたロレンツオと、平民の母から生まれ、市井で育った自分とでは山よりも高い壁があった。
彼を兄と呼ぶのもおこがましい。それでも兄上と呼ぶことを目の前の美丈夫は許してくれる。
母親亡き後、フォーセル家に拾って貰えたのも、彼の口添えがあったからだ。
不思議なことに、フォーセル家で一番の発言権を持つのは、父でも長子でもない、次男であるロレンツオだった。
父親であるフォーセル侯爵も、フォーセル家の長子も、未だにルカの存在を認めていない。
だが、稀代の天才と言われるロレンツオだけは、自分の存在を許してくれる。
それだけが、ルカにとって生きる価値だった。
生きる意味を与えてくれる存在が、ロレンツオなのだ。
だからこそ、ルカはこの美の化身のような兄の命令にはすぐさま反応し、遂行することを絶対にしていた。
していたが、
「男爵……令嬢ですか?」
とっさに、諾といえなかったのは、命令があまりにも異質なものだったからだ。
貴族の娘が入学するなど、あり得ないことだ。あるはずが無い事だ。例え王族であろうとも、“王の剣”に女子は入学できない。
一瞬、聡明な兄が言い間違いをしたのかと思ったが、この兄に限って間違えることなどありそうもない。ならば、自分の耳がおかしくなってしまったのだろうか。
「まだ公にはされていないが、彼女発案の事業を実現するため、その拠点を“王の剣”にするそうだ。前例の無いことだが、彼女には紫星が与えられる」
「紫星を…?」
信じられない言葉に、ルカは息を呑んだ。
紫星は、王の代弁者だ。
女性に与えられるなど聞いたことが無い。
いや、まず女性が星を賜ることなど、今までに無かったことだ。
「第一王子と、その婚約者殿はなかなか見所がある。────彼女は天才だ」
何にも囚われず、何にも束縛されないロレンツオが、まるで傾倒するようにうっとりと囁いた。
稀代の天才に、天才と言われる少女。
(……一体、どんな人なんだろう)
握りしめていた拳を、より強く握る。
「出来るだけ彼女に気に入られるように。そして、動向の報告を」
今まで、そういった命令は受けたことが無い。誰かに気に入られるなんて、自分にできるだろうか。
不安な日を過ごし、訪れたその日現れたのは一人の可愛らしい少女だった。
自分と同じ髪と瞳の色だが、まったく違って見える。
夜空の髪に、新緑の瞳、愛らしい唇は赤くふっくらとしている。
緊張しているのか、瞳は少しだけ虚ろだった。
まさに、深窓のご令嬢という言葉が似合う少女だった。
可愛らしいご令嬢は、ロレンツオが話しかけても、儚げにほほ笑むだけだ。とても紫星を賜り、大規模な事業をこれから遂行できるような少女には見えなかった。
そう思っていた。
だが、今日一日護衛をしただけで、最初の印象は崩れ去った。
深窓のご令嬢とは思えぬ気さくさと、押しの強さ。中傷されても何とも思っていない度量の大きさと、なによりその唇から発せられる言葉はとても強烈だった。
「なるほど、流石だな」
ソフィーから預かった書類を読み終えたロレンツオが、長い藍錆色の髪をかき上げ、納得したように頷く。
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