拝啓 天馬 ムカぷんですよ!Ⅸ
「なるほど……。近年、獅子の会では、ソフィー様の名がよく出ておりました」
会の名に、金星の生徒たちから緊張が走る。
獅子の会は、金星四つ以上で構成された、この国の財政の根幹を握る者たちの集まりだ。獅子の会は爵位ではなく、星の数とその業績で立ち位置が決まる。
獅子の会の話が聞ける機会は貴重だが、なぜ自分の名が話題に上がるのか理解できない。噂話を興じるほど、暇な人たちでは無いはずだが。
「最初にソフィー様の名を話題に挙げたのは、リドホルム殿でした。貴女とダクシャ王国でお会いしたと」
「まぁ…」
決して後ろを振り向かずに顔を蒼褪めさせていたラルスが、自分の父の名に驚いてソフィーの方に振り向く。
まさか、父親と面識があったとは思わなかったのだろう。
「リドホルム殿は、事業の為に他国にいる期間がとても長い方です。どの国に行っても、その国の有力な商人は、一人の少女の名を口にするそうです。その少女と、取引契約を結んでいる事を、まるで自慢するかのように。リドホルム殿は、面白いことにその少女の名は、王都の者からでは無く、他国から伝え聞く方が多いと仰っていました」
「まぁ…」
もう、「まぁ」としか言えなかった。
素晴らしい淑女となるべく、自国では大人しくしていた分、他国へ行くと色々やらかしたツケが、まさかこんな形で一番厄介な方々の耳に入ろうとは。
(誰よ、私の話なんてしたのは! アルカンタル? セルラノ? テラサス?)
取引をした商人の中でも口が軽そうな名を考えるが、今さらどうしようもない。
「……皆さま、お口がとても上手でいらっしゃいますから、私には不相応な、過分なお言葉も社交辞令の一つかと」
「そう言えば、ソフィー様が計画されたものを、殿下より拝読させていただきましたが」
サラリと話が変わった。
(くッ、なぜなの、アラン様から私と同じ匂いがするわ。自分のペースに巻き込み、欲しい情報を得ようとするところが…!)
「とても素晴らしいものでした。あのロレンツオ・フォーセル殿が、天才だと賞賛されるのも納得してしまうほどに」
ソフィーが策定した企画書の全てを読めるのは、未だ数人しかいない。いずれ、他国に売り出す技術が記されている文書は、完全なる秘密文書扱いされており、読むことが許されたアランは、それだけの人物ということの証明でもあった。
「拝読して、よく分かりました。なぜ銀星ではなく、殿下が紫星を与えられたのか。あれを考えられるのは、銀星だけではなく、金星の才能もあり、ものの見方を多方面から考え、何が一番それに適しているのか理解していなければ無理なもの。例え王と言えど、銀星と金星、二つの星を与えることはできません。ならば、与えるべきはやはり紫星でしょう。まだ少し粗削りな箇所も幾つかありましたが、紫星に相応しい企画書でした」
微笑む瞳が、獅子の目に見えてくる。お褒めの言葉が逆に恐怖に感じ、つい怯みそうになる。
金星五つを賜った人物は、やはり根本的に見方が違う。
ロレンツオ・フォーセルもそうだが、下手に常識にとらわれない分、目の前の少女を爵位の低い令嬢だと侮ってはくれない。侮られている方が、色々やり易いと感じているソフィーにとっては、少々厄介だ。
(こちらは別段天才でもなんでもない、ただの前世の知識だもの。下手に探られてボロが出ないようにしないと)
今までどんな本にも前世という概念や定義が書かれた書物は見たことがなく、自由に描かれた物語にもそんな題材は無かった。
前世の知識を使っているなどと口にしたところで、誰も信じないだろう。しかし、星五つを賜っている彼らは危険だ。常識が通じない分、どう解釈されるか分かったものではない。
ソフィーの困惑を感じ取ったのか、アランは視線を金星の生徒たちに向けた。
「私は、この場にいる金星がとても羨ましい。時代の変革の時を今まさに共に歩み、その事業に密に携わる事が出来る。その光栄を噛みしめ、精進して頂きたいものです。――――ところでソフィー様、この後お時間はありますでしょうか?」
「あ…はい…」
アランの視線が金星たちに向けられた事にホッとなった瞬間に問われ、返事が一拍遅れた。
相変わらず紳士的な笑みだが、その誘いに拒否権があるのか問いたいところだ。しかし、たぶん無いだろうから聞くのも愚問だろう。
金星五つを賜ったアラン・オーバンの誘いを断っては、今後の父の仕事と、リニエール商会にも支障を来たしそうだ。それだけは何としてでも避けなければならない。
授業が終了後、特別室でお茶を頂きながら、アランからの質問と雑談を受けること数時間。
なぜか話題は、難しい他国との情勢から、ソフィーの好きな食べ物まで多岐に渡る。出来るだけ無難な回答を口にするが、まるで全てを見透かすような瞳に大変居心地が悪かった。
(星を五つ賜った方って、少し変わった人が多いのかしら?)
人のことを言えた義理ではないだろうが、そう思ってしまうのを止められないソフィーだった。
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