拝啓 天馬 ムカぷんですよ!Ⅷ


「そのうえ、この国は完全なる長子相続です。次男以下には財産と言えるものは引き継がれず、彼らは己の力だけで財産を増やさねばなりませんでした。己の力で道を切り開くのはそう簡単ではありません。一族の援助と人脈があれど、成功するかどうかは運と才能です。上手くいく者といかぬ者。大抵は後者でした。そんな彼らを憂えた前王は、知識と人脈の道標となるものが必要だとお考えになられました。それが、この“王の剣”であり、星の始まりなのです。前王は、とくに金星に目をかけていらっしゃった。金星は、この国を豊かにする一番大事な機関だからです」


 アランの話に、生徒たちは聞き入っている。


 他の星からは、金星は唯一金で買える星だと批判される。


 本来、金星は社交的で、自分の有利性を活用する術にたけていなければならないのに、ここの生徒たちは皆どこか内向的で卑屈な雰囲気があることを不思議に思っていたが、そういった中傷が、少なからず彼らの自尊心を傷つけていたのだろう。


「これ以降、ビジネスで生計を立てるのは中流階級や成金だけだと豪語する時代は終わり、貴族も労働という形で国に貢献する体制が取られました。勿論、労働する必要のない上流階級の方々も多く存在します。しかし、皆さま政治、司法において国の上層部における重要な役割という働きをしておられる。それは等しく労働なのです。労働に対価を頂く。対価を貰う行為に、悪など無い。成功者に多くの対価があることは当然なのです」


 金星の多くは商家、または商売を生業とする家の跡継ぎや、家柄の者だ。未だ少しばかり残っている金を生む産業への侮蔑の視線を感じることも多いのだろう。金星たちは、どこか嬉しそうにアランの話を聞いていた。


「しかし、国への貢献という意味合いでは、労働を強制されない方もおられる。それが女性です」


 この話はいったいどこへ終着するのだろう。ソフィーは午前の授業では得られなかった高揚感の中で話に集中した。


「女性が強いられるのは、国への貢献ではなく、家への貢献です。つまり、親または夫や子供への貢献です。家を守る、家族を守るのも大事な貢献でしょう。しかし、新しい風はいつも時代と共に流れるもの。流れる風をくい止めては、空気も水も濁ってしまうばかりです」


 アランが、真っ直ぐにソフィーを見つめ、まるでエスコートするかのように手を上にあげた。


「さて、新しい風であられるソフィー様。貴女は、金星において必要なものはなんだと思われますか?」


 突然の質問だった。だが、ソフィーも商家の娘だ。その答えはいつだって胸にある。


「金星はこの国の経済を動かす方々です。経済というものは否応なしに変動し、少しも止まってくれるものではありません。ですが、人という生き物は不変を好み、変化を嫌います。今日が昨日の続きだと信じて疑わず、安心してしまう。……誰にも、明日のことは分からないというのに」


 脳裏に前世の記憶が流れ、少し祐の私情が入った。


 これではダメだと、ソフィーは、“ソフィー・リニエール”らしい優雅な笑みを浮かべ、続けた。


「金星にとって必要なものは、変革を恐れぬ心と、時代を読む力、迷いを消し去るほどの知識と情報、人脈もまた重要でしょう。必要なものは数えきれぬほどあります。その中で、私が一つ挙げるのならば、それは見定める目です」

「ほう、それは何故ですか?」

「この二つの瞳から入る情報はとても多いものです。人の心は分からぬものですが、目の前にいる方が、本音を口にしているのか嘘を口にしているのか。それは微かな動き一つ、視線一つで感じ取れるものです。そこから入る情報を見定め、未来を見据える。見えぬものも見る。その目が、金星には必要かと思います」

「なるほど…」


 アランは吟味するように、ゆっくりと頷いた。


「私はつい最近まで、タリスで過ごしていたのですが、タリスの町はしばらく見ぬ間に随分と様相が変わっておりました。以前から避暑地としては有名でしたが、夏以外は寒さが堪え、人はまばらだったはず。その町に、開拓と産業の手が入り、豊かな食と暮らしが町をにぎわせていました。町の者が口々に称えるのは、ソフィー・リニエール様、貴女のお名前でした」


 ざわりと、金星に動揺が走る。ソフィー・リニエールの名は王都ではほぼ無名だ。しかし、タリスではソフィーの名は知れ渡っていた。


『なぁ、お嬢ちゃん。この野菜はどう食べた方が美味いと思う?』


 ピーヤの一件から仲良くなった店の亭主から始まり、肉屋の亭主、レストランを営む料理人。町の大人たちは、ソフィーが男爵令嬢であり、年齢も幼い子供だということすら忘れ、問う。あの頃から、人との交流は広がり、ソフィー・リニエールの世界はどんどん広くなった。


「タリスの町に、多大な貢献をした立役者が、あまり王都では名を知られていないのは何故なのでしょうね?」

「……とても光栄なお言葉をありがとうございます。ですが、私は立役者などではありません。タリスの町が発展したのは、彼らの尽力のお蔭です。町の発展は、小娘一人の力で成し遂げられるものではありませんわ。彼らが彼らの力でつくり上げたものに他なりません」


 それは決して嘘ではなかった。タリスの商人たちは、自ら組合を作り、意見を出し、企画を提案し、ソフィーに問うのだ。


 彼らは、ソフィーに全てをゆだねているのではなく、考えそして行動している。ソフィーはそれに対して少しばかりの私見を伝えただけだ。

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