拝啓 天馬 ムカぷんですよ!Ⅶ


 ソフィーはまるで勝ったと言わんばかりのドヤ顔をすると、鞄の中から一冊の本を取り出し、ラルスの顔面に叩きつけた。


「三流である貴方に、一流というものを教えてあげるわ」


 愛嬌のある笑顔を浮かべそう言うと、今度はゆっくりと皆の顔を一瞥した。


「――――さて、では紫星の名のもとに命令いたします。この食堂であった会話の全てを忘れなさい。誰一人の例外も無く、従ってもらいます」


 キースの方へ向き直り、その目を見ると、なぜかおびえたように怯まれた。


「キース様、宜しいですね?」

「…はい」


 キースが掠れた声で返事をする。


「ジェラルド様は、私の願いを聞き入れてくださるつもりがないようですが、これはお願いではなく、紫星からの命令ですので」


 だからゆめゆめ忘れるなよ、という紫星を賜った少女の脅しに、キースは顔色を悪くしながらも了承した。


「ルカ」

「は、はい!」

「貴方も、このことをロレンツオ様にご報告しないでちょうだいね」

「…はい」


 ルカの声まで掠れていた。


 キースも金星もそしてなぜかルカまで、皆一様に悪気に当てられたような顔色でソフィーを見ていた。その視線に、淑女らしい微笑で返せば、なぜか余計に怖がられた。


 失敬だと、ソフィーは心の底から思った。







 鐘の合図とともに、午後の授業が始まる。


 午前中と違い、なぜか異様な雰囲気が流れているのは、食堂で金星数名と紫星がトラブルを起こしたことがもう広まってしまっているからだろう。


 あれほど口止めをしたので、その内容までは知られていないだろうが、紫星を敵に回して無事で済むわけがないことは皆承知している。そのため、厄介事には関わりたくないとばかりに、皆視線をかたくなに動かさず、ただ真っ直ぐに黒板を見ていた。


 しかし、教壇に立つ講師は未だ来ておらず、自習なのかと思っていると扉が開き、午前中とは違う講師が現れた。


 少々年配の、風格のある男性講師だった。整ったヒゲがいかにも紳士的で、背を真っ直ぐにしている。顔立ちも整った彼なら、年齢関係無しに女性にモテるだろう。


「失礼、時間に遅れましたが始めましょう」


 金星が少しざわついた。アラン様だ…珍しい。そんな声が聞こえてくる。


 常勤の講師ではないのだろうかと不思議に思っていると、彼はソフィーの前に立ち、紳士らしいお辞儀をし、挨拶を口にした。


「はじめまして、私はアラン・オーバンと申します。今日はお時間をいただきまして、私が教壇に立たせていただけることになりました。以後お見知りおきを」


 ソフィーはすぐに起立し、淑女の礼を執ると同じく挨拶を返す。


「お初にお目にかかります。ソフィー・リニエールと申します。本日のご教授どうぞよろしくお願いいたします」


 授業中であることを踏まえて、挨拶は短く返した。


 アランの温厚そうな瞳が優しく笑う。午前中の講師たちとは随分風格が違った。他の講師たちは皆、ソフィーに対して恐縮していたが、アランは礼儀の中に威厳があった。


 ふと目に入るのは、彼の星の数だった。


(金星五つ…初めて見たわ…)


 金で星を買えるのは“王の剣”にいる間だけだ。それゆえ、四つ以上の星を賜るのは至難の業。その難易度は、あの黒星よりも高いと言われている。星五つは、特に国に大きな貢献をした者にしか許されない称号だ。


(アラン・オーバン様……金獅子のアラン!)


 金星四つ以上になると、その勲章には、獅子が刻まれる。金星ができてから初めて獅子の金星を賜ったのが、アラン・オーバンだった。


 伯爵家長子であるアランは、その類まれなる才能と知識で、当時国交を閉ざしていたルーシャ王国との友好に尽力し、ルーシャ王国で採れる大量の鉄の輸入に成功した貢献者だ。彼はそれ以外にも多くの偉業を成し遂げた人物として知られていた。


 教壇に戻る彼の後姿を見ながら、思わず冷や汗が流れた。


(すごい…“王の剣”は、そんな方を講師に招いているの…)


 同じ爵位があったとしても、会おうと思ってそう会える人物ではない。


 銀星五つを賜ったロレンツオ・フォーセルもそうだが、アラン・オーバンは、この国の最重要人物だ。


 アランは教壇に立つと、生徒一人一人を見ながら口を開く。


「せっかくですから、自己紹介がてら少し昔の話をさせていただきましょう。私が幼少の時は、まだ上流階級は一切働かず、領地の収益だけで暮らすという時代でした。そのことに、いつも私は疑問を持っていました。搾取しただけの金がいつまでも持つわけがないと。毎夜開かれるパーティー、数多くの使用人、豪華な馬車に美しいドレス。全てを維持するためには、領地の収益だけではとても無理だと考える貴族が増えるのもまた道理でした」


 ソフィーの父の時代より、少しばかり古い話だった。


 その時代、伯爵家長子が事業を展開するのは、どれだけ困難だっただろう。他の貴族から、そんな成金のような行いをするなと、口さがない言葉を多く言われたはずだ。

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