拝啓 天馬 ムカぷんですよ!Ⅵ


「あら、ご心配いただかなくても、食事は十分すぎて有り余るほどですわ」


 聞かなかったことにしようかとも思ったが、あいさつ代わりに嫌味の一つでも言ってあげようと口にすると、こちらを振り返った金星たちの顔が真っ青に色を変えた。


 リトマス試験紙かと思うほどに見事に色を変えたので、ソフィーの方が驚いたくらいだ。彼らは、わざわざ聞こえるように言って逃げた男よりも小心だったようだ。


「失礼いたします」


 突然、黒衣の男が口を挟んできた。


 優男に見えるが、黒衣を着ているということは、彼は黒星だ。黒衣には、ジェラルド同様の見事な銀刺繍が施されていた。


「どちら様かしら?」

「…キース・ダドリーと申します」

「ソフィー様、初日に挨拶された方です! 黒星一つを賜っている方です!」


 ルカが慌てて説明してくれるが、焦りのせいかラルスの時より雑な説明だった。


 しかし、ルカの必死のフォローを、ソフィーは自ら無意味なものにした。


「ああ、そうでしたの。ごめんなさい、記憶にありませんでしたわ」

「は…?」


 堂々と笑顔で忘れたと言う少女に、キースが間の抜けた声を発するが、すぐに我に返り言葉を続けた。


「ソフィー様、ラルス・リドホルムには適正なる処罰を下しますので、この場はお収めいただけないでしょうか」


 キースの言葉に、ラルスの顔色がより一層悪くなった。


「あら、貴方が?」

「はい」

「なぜ? なんの権限で?」

「え…」


 まさかソフィーから権限を問われるなど思ってもいなかったのだろう、キースが二度目の間の抜けた声を発する。星を一つ賜っているとはいえ、キースはどうやらジェラルドよりも人間味に溢れているようだ。この程度の質問に、なぜそこまで驚くのか逆に分からない。


「貴方は金星の監督生なのかしら?」

「いえ…」


 監督生は各星におり、他の星を罰する権限は持たない。その程度のことは、ソフィーだって事前に聞いて知っている。知っていながらあえて問う。


「ならば、なんの権限で罰するのかしら?」

「……私は黒星ですので」

「あら、紫星以外の色に優劣はないというのが“王の剣”の大原則ではなかったのかしら?」


 勿論それは表向きで、色に優劣はしっかりとある。王族を守る聖騎士団を育成している黒星は一番生徒数も少なく、狭き門だ。“王の剣”では、爵位も大事だが、同じ爵位なら黒星の方が優先されていた。しかし、それは大原則を無視した悪しき慣例だった。


 “王の剣”を卒業した後でなら、優劣を振りかざすことは許されるが、学院内では本来許されざる行為とされている。


 慣例ですなどと愚かなことを、紫星を賜った少女に伝えるわけにもいかず、キースは押し黙るしかなかった。


「私への質問に対しては、私がお返しさせていただきます。それは賛辞も侮辱も同等にですわ。黒星の皆様は今日拝見させてもらったご様子ではお忙しい事でしょうから、これ以上私の事でお手を煩わせるのは気が引けますわ。代わる代わるご苦労なことです」

「――ッ」


 一瞬だが、キースが身じろいだ。


 ラルスたち金星は理解できなかったようだが、ルカはその意味が分かったのだろう。目が周囲を見渡す。


 昨日もそうだったが、今日も常に黒星が距離を置いてソフィーを見張っていた。彼らにとっては守っていたというつもりだろうが、ソフィーにとっては見張り以外の何物でもなかった。


 そもそも、守っているつもりなら先ほどのような無礼を口にする男がいるはずもない。距離の取り方、口にした瞬間の逃げ方、身の隠し方、それらは全て黒星がソフィーを警護していることを理解し、その人間が今どの位置にいるのかを分かっている人間だからこそできたものだった。つまり、無礼を口にした男は黒星だったのだ。


 ソフィーはすぐにそれを察したが、心に留めておくだけで口外するつもりはなかった。いくらジェラルドが気に入らないからといって、黒星と敵対するつもりは毛頭ない。そんな無駄な時間を過ごすために、ソフィーは“王の剣”に来たわけではない。


 だが、自分たちの星にいる無礼者には気づきもせずに、他の星が起こした無礼は罰すると聞けば話は別だ。つい皮肉の一つでも言いたくなる。


「ですから、私などの侮辱のためにわざわざお越しいただかなくて結構です。こちらで対処いたしますから」

「いや、ですが…」


 まだ納得していないキースを無視し、ソフィーは未だ顔色を青くしているラルスに目を向けた。ラルスの髪と瞳は、王国で一番多い栗色だった。口の悪い者は、平民色と嘲る者もいるが、ソフィーは栗色が好きだった。バートやサニーたちが持つ色を、ソフィーは愛していた。


 同じ色を持つラルスは、よく見ると頬に薄っすらとそばかすがあり、丸顔のせいか童顔に見える。総じて、大人っぽさからは無縁な顔立ちのわりに、不良ぶりたいお年頃なのだろう。


 前世でも覚えのある、繊細な時期だ。反抗期の微妙な心理を理解していないわけではなかったが、ソフィーはあえて無神経な言葉を選んだ。


「貴方、モテないでしょう」


 それは断言だった。


「なっ!!」


 突然ソフィーに侮辱され、ラルスは青かった顔色が今度は赤く染まった。


「女性に対して悪し様な態度を取る男性は、大抵自分のコンプレックスが強いのよね。己に自信が無いから、異性を低く見ることで自分は上だと思いたい。まぁ、どう頑張ったところで、ただの思い上がりなのだけど」


 突然の分析に、金星だけではなく、ルカとキースまで呆気に取られる。


「確かに私は貧乳よ。ええ、認めるわ、貧乳であると! 無さ過ぎて前世と変わらない…いえ、…まぁ、無いわ! でもだからといって私は何一つ困っておりません。どうせ見せる相手もいないし、何より、自分に胸がある必要はないと私は知ってしまったのよ!」


 堂々と宣言しているが、とても淑女が口にしてよい言葉ではなかった。


 可愛らしい妖精のような風貌をもつ少女の赤裸々とも言える発言に、ラルスは耳まで真っ赤にして固まった。


「でも、貧乳も巨乳も女性にある。それだけで私はすべての胸を愛せるわ! 欲望を伴わず、ただ愛す。つまり、全てを愛せない貴方は男として三流ということよ!」


 ジェラルドが昨日のように護衛をしていたら、何を言っているんだこの女はという目で見ただろう。


 しかし、この場にいるのはそもそも女性に免疫が無い者ばかりで、ただ黙って驚くしかなかった。

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