拝啓 天馬 ムカぷんですよ!Ⅴ
「やっぱり、約三百人の生徒の食事の場だけあって、食堂も広いわね」
広い食堂内は、観葉植物などで区切られてはいるが、八人掛けのテーブルが何十個と並んでいた。ほとんどの生徒がもう食事を終わらせたようで、食堂内は閑散としていた。
「食事内容はどういうものなの?」
「パンとポタージュとチーズが主ですね。あとたまに肉を使ったものがでます」
前世で考えれば、成長期の食べる量としては少ないが、この世界ではまずまずの食事内容だった。一度はどんなものか食べてみたいが、ソフィーの口には合わないだろう。
(どうして体はまったく違うのに、私の舌は前世の味覚を持っているのかしら?)
そのせいで、この国の当たり前があまり食べられない。しかし、自分の味覚に合わせて作ったものを皆美味しいと食べてくれるから、味覚がおかしいわけではないのが救いだ。
「明日は、食堂で食べてみようかしら」
「え!?」
口に合わないだろうからと、最初から除外するつもりは無かったので呟くと、ルカからなぜかとても驚かれた。
「ソフィー様は、先ほどいただいたようなものを、いつも召し上がっているのですよね?」
「ええ」
「でしたら、ここの食事はお口に合わないと思いますよ」
一度食べただけで言い切られ、思わずルカを凝視してしまう。
「そんなにダメそう?」
「ダメだと思います。貴族の方も、基本は食堂でとられますが、お金のある方は家から持ち込んだものを後で食べたりしていますから」
その辺の決まりは意外に自由らしい。ソフィーとしては、前世のパブリックスクールみたいなものを想像していたが、それよりもずっと緩い規則のようだ。
「そう…。でも一度は食べてみたいから、明日は食堂に付き合ってもらえないかしら? それとも明日の護衛はジェラルド様かしら?」
「ソフィー様のご希望とあらば、喜んで護衛させていただきます! ……ですが、本当にボクでよろしいのですか? 先ほどもそうでしたが、ボクでは抑止力としては弱いかと思いますが」
「抑止力なんて必要ないわ、逆に弱みを握るチャンスですもの。活用しないと」
「へ?」
侯爵家で育ったわりに、ルカはどうやらとても純粋らしく、ソフィーの言う意味が分からないようだった。
まさか、清純そうな外見をしたソフィーが、紫星に無礼を口にした男は全員覚えて、いざという時のための脅迫材料にしようなどと考えているとは知らず、ルカはどういう意味なのか必死に考え込んでいた。
食堂を出ようとしたとき、数人のグループが目に入った。どうやら金星の者たちのようだが、その中の一人に見覚えがあった。
「あの子、どこかで…」
「リドホルム子爵のご長子、ラルス・リドホルム殿ですね。初日にご挨拶されていた方のお一人です」
丁寧に教えてくれるルカの存在があり難い。
やる気が無かったから覚えていないと暴露したからかもしれない。
初日に紹介された者は、フェリオが厳選した人材だったのだろうが、正直どう薦められようが興味はあまり無かった。優秀か、優秀でないかは人の目では無く、自分の目で決めたい。
(とはいえ、まったく覚えていないのは問題よね)
初日で覚えている記憶は、ロレンツオとジェラルドくらいだ。
美しい金髪碧眼の“姉”に思いを馳せ、地獄の時間を脱しようとした己の未熟さが、まさかこんな形で露呈するとは。
(あ、でも医科学研究所副所長のネルト・バース様もいらっしゃったわね)
所長だけではなく、副所長まで訪れたことに驚いた記憶がある。それ以外の記憶は朧だ。けれど、リドホルムの姓は以前から知っていた。
「リドホルム家と言えば、生地の買い付けから、仕立て、装飾品まで扱うオーランド王国でも有数の豪商ね」
世界各国から集められた生地は絹、綿、麻どれも素晴らしい質を保ったものばかりで、貴族やブルジョワの顧客は勿論のこと、王家も御用達の最高品質を誇る。
デザインも素晴らしいが、仕立ての技術も優れており、リドホルム家が手掛ける最新ドレスは“女王の薔薇”のお嬢様たちにも大変人気だ。
「リドホルム子爵のご子息は、確か私と同じ年だと聞いていたけれど“王の剣”に入学されていたのね」
「初日に集められた人材の中で、唯一の金星がラルス殿です」
「ふーん…」
リドホルム子爵とは、数年前に一度会ったことがある。
彼は広く世界を見る目があり、その国の情勢を見て買いつける量や金額を見定める力を持っていた。性格も信用に値する紳士的な人物で、社交界での顔も広い。
フェリオが、金星の中でラルス・リドホルムを選んだのは、十中八九、彼の父の顔の広さを利用しろということだろう。
(この場合、一度は挨拶したほうがよいのかしら?)
初日の挨拶を許された者は、それだけ重要性が高い扱いをされているということだ。
挨拶だけでその後なにも音沙汰がないのは、彼のメンツにも係わるだろうと、足を延ばすと金星たちの会話が入ってきた。
その内容は、紫星を賜ったソフィーに対する皮肉と中傷だった。
またもやルカの顔色が変わる。
ソフィーからすれば、皮肉も中傷もどうでもよかった。しかし、彼らの話はソフィーに対する中傷だけでは飽き足らず、女性全体に対する暴言まで発展したことに怒りを覚えた。
女は容姿さえ良ければ、どんなに心が薄汚くても見ただけでは分からないから厄介だとか、見た目が良ければどんな金持ちとも結婚できるから楽で羨ましいとか。
女性が美しさを保つためにはどれだけの努力をしているか知りもしないで、簡単に言ってくれる。キツく固いコルセットと、重い髪、動きづらいドレスを優雅に着こなしてから言ってほしいものだ。
そんなソフィーの怒りには気づかず、ラルスがふんと、鼻を鳴らす。
「どんなに美しくても、あの胸は無いだろう。男爵家は、十分な食事を与えられていないから、あのような貧相な胸になるんだ」
随分な言いようだった。
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