拝啓 天馬 ここは地獄です。ええ、地獄ですよ!

 

 まぁ、そんなわけでこんな男ばかりの地獄にやってきた私ですが、もうすでに挫折しそうです。


 前世、男子校、職場も男社会だった記憶を持っているこの私です。正直、男なら、女性と接するより余裕だと思っていました。ええ、ちょろいと思っていましたとも。


 けれど、よくよく考えてみれば、確かに前世は男ばかりの環境でしたが、今世のソフィーにとっては初めての環境です。


 そう、前世で耐性があるから大丈夫だと思ったのは、大変な思い違いだったのです!


 ここには、一輪の薔薇を愛でる優雅な女神も、愛馬と戯れる美しい天女も、甘いお菓子を口に入れて頬を緩ませる天使も、フリルを揺らす可愛らしい豊穣の女神もいないのよ!


 なぜ私は、そんな世界で生きられると思ったのか、過去の私に問いたいくらいだわ!


 あんなにクリスティーナお姉様に、意気揚々と大成をお約束したのに、完全なる計算違いよ。このソフィー・リニエール最大の大失態だわ!


 ああ、天馬どうしたらいいの?

 自分でもガッカリするほどにやる気がでません。 


 ここに、リリナ様のような巨乳美少女が一人でもいてくれたなら、馬車馬のように働くのに!


 “王の剣”に来ることを、最終的に判断したのは自分よ。自分が決めたことだわ。分かっているの。


 でも、辛い! 

 男ばかりで辛い!

 フリルの一枚も無いこの空間が辛いよぉおおお!


 …………失礼。ちょっと錯乱状態を起こしてしまったわ。私としたことが、ちょっとテンションがおかしいみたい。


 ふふ、いま目の前にいる奴のせいかしら?


 天馬、今日は一日で一冊を埋めそうなほどに、書きたいことがいっぱいあります。


 そう、とくにコイツのことで――――。






 コイツというのは、黒星、星三つを賜っている伯爵家三男、ジェラルド・フォルシウスのことだ。


 現在、そのジェラルドに“王の剣”を案内されながら、ソフィーの心は死んでいた。


 黒星は、剣の技術が優れているだけでは入学できない。高位の貴族の子息であり、人格も備わった者だけが入学を許される特別な星だ。黒星を卒業し、聖騎士団の入団試験を見事合格した者は、王族を守る聖騎士となる。


 ジェラルドは学生時代に星を三つ賜っており、星三つは学院内で取れる最高の数だ。しかも最年少でその三つを賜ったらしい。星三つを賜ると、試験無しで聖騎士団に入れる資格を同時に持つ。


 フェリオは、すでに聖騎士として仕えていたジェラルドを、わざわざソフィーのために“王の剣”へと戻し、護衛役として据えた。


 彼にとっては迷惑な話だったろうが、ソフィーにおいてもありがたくも、とっても迷惑な話だった。


(無表情、無機質、無感動、もっと愛想のいい黒星はいなかったのかしら?)


 黒星は人格が備わっていないと、入学できないのではないのか。人格とは、いったいなんだろうと問いたくなる。


 クリスティーナと同じ金髪碧眼だと思えば、少しは愛着が湧くかと思ったが、そんなことはまったくなかった。逆に、クリスティーナと同じ色を持ちながら、クリスティーナではない存在に苛立ちすら覚える。


 完全に八つ当たりだが、どうしても我慢できないのだ。


 ジェラルド・フォルシウスという男は、整った顔に、引き締まった体、長い足、遠くからでもその存在が感じられるほどのオーラ。着ている服も素晴らしく、黒衣には美しい紋が緻密な金刺繍で施されている。騎士は髪を伸ばせないため、伯爵家の者でもジェラルドの髪は短い。だが、端整な顔にはどんな髪型も似合っていた。


 愛想以外では非の打ち所がない彼は、確かに“女王の薔薇”のご令嬢たちが絶賛するのも分かるほどの美形だ。だが、どれほど美形でも男は男。しかも無愛想な男だ。全く可愛げがない。


 そのうえ、敬愛する愛くるしいお姉様、ラナが愛するレオルドのモデルとも言われている男だ。憎しみしか湧いてこない。


(うん、コイツは、私の中ではジェラジェラと呼んでやろう。美形、イケメンは全てクタバレ)


 やっかみを心の中で唱えることで正気を保っていたため、始終黙っているソフィーに、ジェラルドは何を思ったのか立ち止まり、案内以外の話をしてきた。


「ソフィー様。護衛はできるだけ、婚約者のいない者をご希望とのことでしたが」


 紫星は、王族以外の者であれば、爵位関係なく名を呼び捨てることが許されている。

 逆に、相手はたとえ爵位が上であっても、紫星を呼び捨てることはできず、敬称で呼ばなければならないのが決まりだった。


(ジェラジェラに「様」付けで呼ばれるのは、なんかイヤだわ。気分的に)


 ソフィーとしては、嬉しくもなんともない儀礼だ。

 当然だが、ソフィーはジェラルドを名で呼び捨てるつもりなどなかった。

 親しくもない、親しくしたくもない男を敬称無しで呼ぶなどあり得ない。


 などと思っていることは顔には出さず、ソフィーは笑顔で答える。


「はい。殿下にはそうお願い致しました」


 とくに“女王の薔薇”のご令嬢たちの婚約者だと困る。自分の婚約者を顎でこき使っていると思われ、嫌われてしまうではないか。“女王の薔薇”のご令嬢たちから、嫌われるなどあってはならないことだ。確かに愛らしいプンプン顔は見たいが、男関係で嫉妬や心配などはさせたくなかった。


 それに、平民が多い銅星なら婚約者がいない者は多いだろうが、子爵以上の黒星にいるとは思えない。黒星の護衛などいらないと思っているソフィーにとっては、体の良い断り文句だ。


「婚約者の方が、王族でもない女性を護衛すると聞けば、やはりいい気はしないと思いますし」


 王族を守るための黒星が、紫星を賜ったと言えど、まだ何も成し得ていない女につくのも嫌だろう。一応、黒星の生徒たちの気持ちも考慮している。


 しかし、ジェラルドは無表情な顔で、吐き捨てるように言った。


「王族から警護を任されれば、誰であろうがお守りするのが黒星です。その役目を理解できないような頭の悪い女が、黒星の婚約者にいるとは思えませんが」

「……まぁ」


(はぁあああああああ!? コイツいま頭の悪い女とか言ったか!? 思春期の揺れ動く乙女の心情も理解できないようなボケカスが! 貴族で婚約者がいない奴なんていねーから、そんなめんどくさい条件付けるなってハッキリ言えばいいだろう!)


 心の中の暴言が“王の剣”に来て、たった数時間で多くなる。


 これまで培ってきた男爵令嬢ソフィー・リニエールが崩れ落ち、中村祐がにょきにょき出てきてしまう。

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