拝啓 天馬 ここは地獄です。ええ、地獄ですよ!Ⅱ
(落ち着きなさい、ソフィー! 貴女は淑女なのだから、たとえどんな時であっても怒りを露わにしてはいけないわ。ここで啖呵を切ってしまえば、今までの私の淑女としての全てが無になるのよ。一度でもその顔が崩れてしまえば、私は二度と、この男に淑女として接したくなくなる。絶対に、次会ったら蹴りをいれてしまう! それはダメよ。蹴りをいれるような人間だとクリスティーナお姉様にバレたら一大事だわ!)
その間、数十秒あまり。
可愛らしい笑みを浮かべたまま、瞬時に気持ちを落ち着かせたソフィーは、笑みのまま答える。
「そうですわね、考えが至らずお恥ずかしいですわ」
「では…」
「ですが、一度は殿下にお願いしたものを変える気はございません。元より“王の剣”に、王の代弁者とも言われている紫星を害する者などいないと考えております。護衛など、本来必要ないとお思いになりませんか?」
“王の剣”の生徒は、現王と、次の王に絶対の服従を課せられている。王の代弁者と言われる紫星を害するなど言語道断だ。
もしもそんな生徒がおり、それを阻止できなかったならば、関係の無い他の生徒たちも余波をくらうことになる。その年代は、卒業生や、次の後輩たちから“王の剣の面汚し”と言われるのだ。
「ですから、護衛は結構です。皆さまもお忙しいでしょうし」
それは、純然たる脅しだった。
護衛など必要ないだろう。だって、もしも自分を害する者が一人でもいれば、困るのはお前たちだ。それが嫌なら、私に気取らせることなく守ってみせろと。
純粋な者が聞けば言葉通りに受け取るであろう、少女の毒を含んだ嫌味を、ジェラルドは的確に読み取ってくれたようで、眉が少しだけ動いた。
ジェラルドが口を開く前に、ソフィーは可愛らしい笑顔をそのままに、淑女の礼を執った。
「ジェラルド様、寄宿舎までの護衛、ありがとうございました。ここで失礼いたします」
礼を述べると、さっさと立ち去る。
ソフィーのために用意された寄宿舎は、二階建てで、他の建物からすると小さめの造りだが、一棟全てを使用できる権限を与えられた。
建物の中、外にも常時護衛がおり、その護衛は百戦錬磨の聖騎士たちだ。彼らは、ジェラルドのような青二才ではなく、皆四十代後半のおじ様たちばかり。
寄宿舎に入りさえすれば、そのおじ様ズがいるので、ジェラルドの出番は無い。
ドアの前で待機していた護衛の一人が、ソフィーに気づきドアを開けてくれる。挨拶をすると、ニコリと笑ってくれた。
王宮では、聖騎士は喜怒哀楽を隠さなければならないが、ここが王宮でないこともあり、守るべき少女の意を酌んでくれ、聖騎士たちは皆ソフィーに表情を見せてくれる。
無表情でムッツリしている男とは、気遣いが違うと思いながらホールに入ると、すぐにサニーがやってきた。
「お帰りなさいませ、ソフィー様! 大丈夫でしたか?」
随分心配したのか、顔色が悪いサニーを安心させるように、ソフィーはほほ笑んだ。
「まぁ、サニー。何も心配するようなことは無いわ、安心して。皆さんとても良い人そうだし、大丈夫よ」
その言葉に、サニーが目に見えて安堵する。
大半が嘘だが、そんなことをこんなにも心配しているサニーに言えるはずがない。
(フェリオが言っていたように、ロレンツオ・フォーセル様は、確かに協力的なようだけど、他は…)
ジェラルド辺りからブチ切れていたため、名も顔もぼんやりとしか覚えていないが、雰囲気で分かる。
――――なんで、こんな女が紫星を賜ったんだ?
肌で感じる悪意と興味本位、奇異な女を見るその瞳は分かりやすすぎて、少しは隠せよと言いたいくらいだった。
自室に戻り着替えると、サニーがお茶の準備のために、一度部屋を出た。
サニーが出ていったのを確認すると、ソフィーは令嬢には似つかわしくないしかめ面で声を荒らげた。
「あの腹の立つ言動、レオレオの上を行っているわ! レオレオのモデルの分際で、ジェラジェラめ!」
程度の低い悪口を言いながら椅子に座り、机から日記を取り出す。ソフィーは羽根ペンを強く握ると、怒りをぶつけるように白い紙を愚痴で埋めていった。
ソフィー・リニエール歴十四年で気づいたが、どうやら自分は無愛想な美形がかなり嫌いらしい。天馬もどちらかというと無愛想な美形だったが、天馬は許せても、ジェラルドは許せない。
「なぜこんなにジェラジェラには、腹が立つのかしら?」
普通、女性はああいう無愛想な美形が好きな傾向にあるものではないのか?
しかし、自分は普通の女性ではない。だからか?
前世男だったからか、ああいう顔が良くても優しくない男が美形というだけでモテるという事実に、どうしても反感を持ってしまう。
「天馬は確かに無愛想な美形の部類だったけれど、根が優しかったわ!」
微妙に親友を親馬鹿目線でみながら、納得したとばかりに頷く。
心が少し落ち着いたソフィーは、別の紙を取り出した。
ロレンツオ・フォーセルと少し話した際、幾つかの質問を受けたので、それについての回答を書面に書く。あの時は意識が飛んでいたので、きちんとした回答ができなかったのが悔やまれるほどに、稀代の天才はやはり伊達ではなかった。
話す内容も、質問も高度なものばかりで、それらはソフィーが策定した下水道計画を理解しているからこその問いだった。
「あ…、でもこれどうやってロレンツオ様に、お渡しすればいいのかしら?」
寄宿舎を護衛する聖騎士に頼めばいいのか、それともジェラルドに?
「ジェラジェラに頼むのは嫌だわ…。今日あれだけ言ったから、明日は護衛に来ないかもしれないし…ってか、来なくていい」
速攻で却下。次のロレンツオとの面会は、一週間後ということなので、直接口頭で伝えるべきか悩む。
そうやって、紫星を賜ったソフィーの“王の剣”での輝かしい初日は、ジェラルド・フォルシウスへの怒りで大半が終わった。
次の日の朝、多少の希望空しく、ジェラルドはしっかりと護衛に来た。
ソフィーは、顔に笑顔を張り付けながらも、心の中では大きく舌打ちするのだった。
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