ソフィー・リニエールというご令嬢~クリスティーナ・ヴェリーンの策略とため息Ⅴ~

 

「それに、女性が嫌いという点でも、ジェラルド様が適任でしょう?」

「いえ、嫌いなのではなく、女運が悪いという設定なのよ。勝手に設定を変えないでちょうだい」


 性格は違うが、唯一婚約者に似せたのは、女運が悪い所だ。


 レオルドは騎士で家柄も良く、そのうえ眉目秀麗であったため、たくさんの女性にモテる。しかしそれが仇となり、彼を巡って女の争いが起きる。それが一度や二度ではなかったため、ついに嫌気が差した彼は女性と距離を置くようになるのだ。


(殿下の女運の悪さを拡大誇張した設定にしただけなのに、なぜ女嫌いになってしまったのかしら?)


 女運が悪い設定は、女嫌いになり、それをニコルという少年との恋物語に繋げる発想力がすごいと、クリスティーナは変に感心した。


 クリスティーナとしては、二人が愛し合う描写など、一度たりとも書いたことは無いというのに。


 やはり、ニコルは女の子にするべきだったと思わなくもないが、それももう後の祭りだ。


「ふふ、続きが楽しみですわ。クリスティーナお姉様、“王の剣”で頑張るソフィーのためにも、ぜひ次巻をお願いいたします!」


 この女学院で、一番偏った読み方をしているラナが、頬を染めてうっとりと懇願してくる。男性だったら、一目で恋に落ちる美しい表情だが、その頭の中はソフィーで言うところの行間の話でいっぱいなのだろう。


「ソフィーはわたくしの作品より、ラナの『咲くも花、つぼみも花』の方が大好きなようだし、貴女が次巻を出した方がソフィーは喜ぶわ」

「あら、クリスティーナ・ヴェリーンともあろう者が、嫉妬しているの?」


 隙あらば揶揄おうとしてくるセリーヌをサラリと無視し、クリスティーナは言う。


「ラナは物語を書くのが上手だし、今度『金色の騎士と黒曜石の少年』の続きを書いてみない?」

「それはいけませんわ! 『咲くも花、つぼみも花』は女性同士の話なので欲を出すこと無く書けますが、『金色の騎士と黒曜石の少年』はダメです。わたくしが書くと、欲が前面に出てしまい、クリスティーナお姉様のような想像と妄想する余地が無くなってしまいます。それではダメなのです!」


 クリスティーナとしては、何がダメなのかよく分からない。欲を前面に押し出して書けばよいのではないだろうかと思うのだが。


 無いものを有りとするより、よほど健全のような気がする。だが、ラナ曰く、それではダメなのだそうだ。


「そうだわ。欲を前面と言えば、セリーヌ。貴女に一度言いたかったのだけど、私の愛するニコルにいかがわしい行為を行う本を出すのは、そろそろご遠慮いただきたいわ」


 ソフィーはその存在を知らずに女学院を去ったが、実は“女王の薔薇”には、図書館の倉庫にも置けない本というものがある。


 それは、作者ではない者が、同じキャラクターを使い、物語とは少し違う路線で書くもので、そういったものは大抵令嬢が読むような可愛らしい話ではなく、直接的で卑猥な内容が主だ。


 そう、どんな愛でも許容できると思っていたクリスティーナですら、五ページあまりで頭を抱えたくなるような内容なのだ。


 セリーヌは、『金色の騎士と黒曜石の少年』を題材にした派生作品を得意としていた。


 ソフィーが“女王の薔薇”に入学する前までは許容していたが、ソフィーという人間性を知ってしまった今、彼女をモデルにしているニコルが、レオルドに手籠めにされる本を書いている友人をこれ以上好きにさせておくわけにはいかない。


「あら、なぜダメなの? 一部にとても人気があるのよ。特に、ラナとリリナは大絶賛してくれたというのに」

「リリナにも読ませたの?」


 正直、嫁入り前の女性が読むべきものではない。


 そう言ったところで、書いているのも嫁入り前の女性なので、効果は無いに等しい。


「リリナは純粋な子よ。あれを見せて大丈夫だったの?」

「まぁ、わたくしが書いた本に、なんたる言いようかしら」


 怒っているセリーヌには目もくれず、ラナに問えば、ラナは無邪気に笑った。


「リリナったら、読みながら段々顔色を悪くして、『ソフィーがジェラルド様に手籠めにされたらどうしましょう』と泣きながら言うのですよ。リリナは、ニコルとソフィーを同一視しているところがございましたでしょう。レオルドのモデルがジェラルド様だと思うと、ソフィーのことがとても心配になったみたいで。だから、わたくしちゃんと説明いたしましたの」

「……なんと?」


 なぜだろう、とても嫌な予感がする。


「ジェラルド様は女性嫌いで有名な方だから、女の子であるソフィーは大丈夫だと。そしたら、安心してセリーヌお姉様の物語を楽しんでおりましたわ」


 とても良い笑顔で言うラナに、クリスティーナは頭が痛くなってきた。


「ちょっと待ちなさい。先ほどセリーヌも言っていましたが、なぜジェラルド様が女嫌いということになっているの。あの方は、確かに女性に対してのエスコートを無駄だと思っている節がありますが、別段女性が嫌いというわけでは」

「あら。でも興味も無いわよね」

「ええ、まったく興味を持っていらっしゃらないですわ。その証拠に、もう何人も婚約者が変わって、今やその相手がいないくらいですもの」

「それはジェラルド様の都合ではなく、家の都合でしょう。貴女たちが、一番それを知っているはずよ」


 クリスティーナの指摘にも、二人は知らん顔だ。


 婚約者は、女は面倒でよく分からない生き物だという顔をして自分を見ることがあるが、クリスティーナだってそう思う時がある。


 とくに、この友人二人を前にすると。


 ソフィーは、この二人を素晴らしい淑女だと尊敬していたが、実際は自分たちの利益のためには、白も黒とするところがある。とんでもないでたらめでも、まるで真実であるかのように口にするのだ。


 自分の性格も、人のことを言えた義理ではないことはよく分かっている。

 結局は似たもの同士なのかもしれないが、ここまでは酷くないと思いたい自分もいた。


 ソフィーが、裏本と言われている本を読むことなく、“王の剣”に行ってくれてよかったと、クリスティーナは心の底から思い、ため息を吐いた。

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