ソフィー・リニエールというご令嬢~クリスティーナ・ヴェリーンの策略とため息Ⅱ~
クリスティーナが“女王の薔薇”に入学してからも、それは続いた。
女学院生活にさほど目新しいことは無く、楽しみなのはソフィー・リニエールの動向だけ。
そんな頃、幼馴染でもあるセリーヌから「せっかくだから貴女も物語を書いてみては?」と言われて、一つの物語を書いた。
タイトルは『金色の騎士と黒曜石の少年』。
金色の騎士レオルドは婚約者を、黒髪、緑の瞳を持つ少年ニコルは、ソフィーをモデルにして書いた。
ニコルを男にしたのは、そうでなければ物語が動かなかったからだ。たとえ平民であっても、女性は男性とは違う。躍動的な動きなど、できるはずがない。動かない主人公に魅力は無く、せっかくソフィー・リニエールをモデルにしているのに、魅力の無い子にはしたくなかった。
自身の名を伏せたクリスティーナの作品は、多くの“女王の薔薇”のご令嬢たちに喜ばれた。一部、違った楽しみ方をするご令嬢もいたが、それはそれで良い。
クリスティーナは愛を知らない。だからこそ、どんな愛も否定しない。
物語の中で、生き生きと動くニコルと、レオルド。
物語を書くのは楽しく、スルスルと書けた。けれど、時が流れるほどに、少しずつ書く筆が遅くなった。
理由は簡単だ。クリスティーナは本の世界でしか平民を知らず、そして紙の上でしかソフィー・リニエールという少女を知らない。段々と書くものが無くなってくるのは当然だった。ダラダラと続けて、ニコルの魅力が下がってしまうくらいなら、もう終わらせてしまおう。そう思っていた時だった。
“女王の薔薇”に、ソフィー・リニエールが入学してきたのだ。
資料だけでしかソフィーという少女を知らないが、その行動を見れば、とても貴族のご令嬢ばかりの“女王の薔薇”に興味があるとは思えなかった。彼女のような人間からすれば、女学院で過ごす時間はさほど貴重なものではなく、ハッキリ言えば、時間の無駄だ。
案の定、入学式の後、輝くばかりの少女たちの笑顔の中、彼女は一人下を向いて歩いていた。
全教科満点を取り、講師陣を驚かせた少女の顔は憂鬱そうで、誰かに無理やり入学を薦められたことが推し量れる。
つまらない所に来てしまったと、そう思っているのだろう。
ならば、少しばかりのスパイスを与えてあげよう。
普通の貴族の娘なら、苦みの強いそれに涙し、逃げ出してしまうだろう。
だが、この少女なら。ソフィー・リニエールなら、美味しく調理してくれるかもしれない。
本当はもう少し、彼女という人間をこの目で見定めてから行うはずの儀式を、クリスティーナはその日に実行した。
意味も分からずキョトンとしている大きな新緑の瞳が愛らしく、さすがは自分の婚約者だと思った。趣味がとても良い。できれば、外見だけではなく、中身も楽しませてほしい。
自分の愛するキャラクターであるニコルが、女学院の生徒たちに愛されるように、そのモデルとなった彼女も魅力的な人物であってほしい。それは少しばかりの願望だった。
しかし、その願望を遥か上回り、いつしか自分もソフィー・リニエールという少女に魅了されていた。
嫉妬からくる嫌がらせに一つも動じず、怒りの感情を露わにせず、いつも笑顔を絶やさない。淑女としての作法は完璧、学力、知識も高く、運動神経も良い。
まさかソフィーが駿馬を操り、危険な行為をしてまでリリナを助けるなど、クリスティーナだって予想していなかった。
『金色の騎士と黒曜石の少年』の物語冒頭で、ニコルが伯爵令嬢を助けるシーンは、物語の中の話であり、しかも相手は男性だから書けたものだ。助けるシーンも、乗っていた暴れ馬に飛び乗り、大人しくさせるというだけで、地面に落ちたりなどしない。
物語を超え、しかも女性がそれ以上の行いで助けるなど、思いもしなかった。
もしも、物語を書く前にソフィーに出会っていたなら、ニコルは少年ではなく、少女で書いていただろう。
彼女は、自分が愛し創ったニコルより、ずっと強かった。少女の可憐さと、少年の強さを持つソフィー・リニエール。
自分が悪意を口にしても、ショックも、失望も無く。ただクリスティーナ・ヴェリーンという人間を、彼女は信じていた。
長い期間をかけ、多くの情報から人となりを分析し、真偽を確かめるのではなく、彼女は少しの情報と自分の目で見たものを信じ、愛している。それは無知でも、純朴でもなく、己の信じた人間を最後まで信じ抜く心の強さだ。
今まで、そんな人間は自分の周りにはいなかった。公爵家でも、王宮でも。
不思議な少女に魅了され、自分よりも先に少女と出会い、愛した婚約者に嫉妬した。
自分の方が先に出会っていたなら、もっと長い時間を一緒に過ごすことができたのに。
数年後王族となり、王宮で過ごすクリスティーナにとって、今という時間は貴重だった。自由な時間は王宮に入る前まで。
王宮に入れば、男爵令嬢であるソフィーとは、話を交わすことすら難しい立場になる。立場の違いは、決定的に二人の距離となるだろう。
その距離をなくすには、ソフィーに婚約者の側室になってもらうしか手が無かった。そもそも、最初からそのつもりでソフィーに指輪を贈り、姉妹の契りを交わしたのだ。
ソフィーという人間を知り、一度は側室にすることをあきらめたが、修道女の話を聞いて撤回した。二度と会えぬ者を思って日々を過ごすなら、側室として迎えいれた方が遥かにいい。
しかし、男爵家となると、側室にするにも身分が足りない。
婚約者の出自を考えれば、身分の低い令嬢を無理やり側室にすれば、現王の二の舞扱いされる。婚約者もそうだが、ソフィーの王宮での立場が悪くなるのはいただけない。
王宮を巣とする者たちは、“女王の薔薇”のご令嬢たちのように簡単にはいかないだろう。
さて、どうするのが良いか考えている日々の中、花の祭典が行われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます