拝啓 天馬 只今私は休暇を絶賛満喫中ですⅡ


「まぁ! なんて可愛らしいお菓子なのかしら!」


 花や動物をかたどった焼き菓子や、ケーキの数々を見てリリナが歓喜の声を上げる。


 その店は、タリスでも一番の有名店だけに、女性なら一度は食べてみたいと憧れるスイーツの数々が陳列されており、紅茶の数も多く、パッケージも大変上品だ。


「ソフィーからいただいた薔薇菓子も美味しかったけれど、これも美味しそうだわ!」

「お嬢様、ぜひこちらを」


 店の管理者が、恭しく美しい皿に二粒の星の形をした茶色のお菓子を差し出した。


「リリナ様、こちらは今はまだタリスでしか手に入らないお菓子です。チョコレートというもので、ダクシャ王国では有名な高級お菓子だそうです」

「異国のお菓子なのね!」


 ソフィーの説明に、リリナの瞳が輝く。異国のモノに憧れを抱くのが少女らしい。


「はい。ですが、ダクシャ王国の物とは味わいがまた違います。試食もありますのでお味も確認できますよ」

「あら、よいのかしら?」

「勿論でございます。どうぞ、あちらへ。お茶もご用意しておりますので」


 店の者が、最初から用意していたとばかりに隣の部屋へ案内する。

 そこは特別な客人だけに提供される部屋だった。テーブルの上には、淹れたてのお茶が用意されていた。


「このお砂糖、薔薇の形をしているわ。素敵ね…」


 紅茶に入れる砂糖は、小さな薔薇の形をしていた。薔薇が好きだと言っていたクリスティーナのために、頼んで作ってもらえるよう手紙を書いていたのだが、もう出来上がっていたようだ。


(皆、仕事が早いわ…)

 可愛らしい砂糖に、リリナがうっとりと呟くのを聞きながら、ソフィーは仕事の早さに感心していた。


「リリナ様、紅茶にお砂糖を入れる前に、このチョコレートを食べてみて下さい。甘いお菓子なので、紅茶はあまり甘くない方がよいかもしれませんので」


 言われる通り、リリナがまずチョコレートを口にする。口にいれた瞬間、驚きに目を丸くするリリナの表情が大変可愛らしい。


「とても美味しいわ! こんな滑らかで甘いお菓子、初めて食べたわ。口の中に幸福が溢れているわ」

「このお店では、ダクシャ王国の物より砂糖とミルクの配合にこだわっておりまして、クリーミーな味わいが口に広がる一品ですから、とくに女性に人気が出るかと思います」

「素敵だわ! ラナお姉様は食べたことがあられるかしら?」

「食通のラナお姉様なら、ダクシャ王国のチョコレートは食べられたことがあると思いますが、タリスのチョコレートはまだだと思います。最近できたばかりの物ですから。きっと、こちらのチョコレートの方が、ラナお姉様はお喜びになられるかと思います。ダクシャ王国の物は苦みの方が強いですから」

「ソフィーが言うなら間違いないわね! ラナお姉様のお土産はこれにするわ!」

「でしたら、私が手配して寮に到着された頃に、お手元に届くように致しますわ」

「ありがとう、ソフィー!」

「いいえ。私もお姉様たちに贈りたいものがありましたから」


 可愛らしいご令嬢の会話を聞きながら、バートがそっと部屋を出る。リリナが連れてきた侍女の一人が支払いに行くのを見て、それを止めるためだ。少し硬い雰囲気があるが、男前のバートに止められ、侍女の頬が赤く染まる。


「こちらでご準備させていただきますので」


 優しい口調で微笑み、侍女の思考を停止させる。ボーと見とれている侍女をリリナのもとへ返すと、クレトが薄気味悪いものを見たといわんばかりの顔でバートを見ていた。


「お前、そういう顔をお嬢さんの前でしたことあったか?」

「したら、体調が悪いと勘違いされるだろうな」

「ああ…よかった。自覚はあるンだな」

「この方法を、最初に俺に教えたのはソフィー様だけどな」


 自分が教えたくせに、目の前で実践したら正気を疑われるだろう。


 クレトが隣の部屋をチラリとみる。扉は閉まっていたので、その姿は見えないが、もしバートの微笑を見ていたら、バートは働きすぎて頭がおかしくなったと汚名を被せられていただろう。


「で、いくつ準備するンだ?」

「そうだな…」


 一番大きい木箱で十粒のチョコレートが入っているものを選び、数日後に数箱用意するよう店の者に伝える。金額にすると、かなりのものだ。


 そもそも生産しているダクシャ王国ですら高級菓子なのだ。原材料を輸入し、手を加え、より素晴らしい味わいにしているだけに、たとえ一箱でも貴族でなければ買えるものではない。


 もし侍女が支払いをしていたら、その金額に驚いただろう。だが、二人は金額に驚くことも無く、それで足りるのか検討し始める。


 賞味期限もあることを踏まえ、足りなければまた送ればいいのではないかという意見で一致した頃に、ソフィーたちが部屋から出てきた。


 次は、“アマネ”の栽培を見に行く予定になっている。馬車から畑を見て、砂糖を製造している工場を見学するコースだ。二人はてきぱきとした動きで、ご令嬢たちを案内した。

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