拝啓 天馬 只今私は休暇を絶賛満喫中ですⅢ


 工場に入ったところで、バートがソフィーに耳打ちする。


 ソフィーがタリスに帰ってきていることを聞きつけた町の長が、ぜひ挨拶をしたいとこちらへ向かっているそうだ。


「そう…。リリナ様、大変申し訳ございませんが、少し席を外してもよろしいでしょうか? 案内は、そちらのクレトが致しますので」

「気を使わないで。わたくしが無理を言って連れてきてもらっているのだから」


 リリナが笑みで返すと、ソフィーはもう一度謝罪し、バートを連れて離れた。


 ご令嬢とその侍女たちだけになっても、クレトは焦ることも無く淡々と工場を案内した。普通のご令嬢は、見てすぐに難しい質問などしないからソフィーよりずっと楽に案内できる。


 案内が終わると、真剣にクレトの説明を聞いていたリリナが感嘆の声を上げた。


「ソフィーのお父様は先見の明がおありなのね、こんな素晴らしい施設まで作られて」

「いえ、こちらを作られたのはソフィー様です」

「え?」

「“アマネ”の栽培から砂糖の精製まで、全てソフィー様のご提案とご尽力により作られたものです」

「……え?」


 クレトの言葉に、リリナの目が丸くなる。


 タリスでは子供でも知っていることなので、特段おかしいことを言ったつもりの無いクレトは、リリナの驚きには気づかず、そのまま出口まで案内した。







 今日一日のスケジュールを無事終えたソフィーたちは屋敷に戻り、待っていたミカルの出迎えを受けた。


「ミカル、体調はどう?」

「もう元気です! 姉上、明日はごいっしょしてもいいですよね?」

「ええ、お熱が下がったらね」


 昨日一日馬車に揺られた疲れで熱を出した可愛い弟は、今日一日お留守番だった。


 寂しかったのだろう、泣きそうな顔で問うミカルを抱きしめると、ミカルが嬉しそうに顔を埋めた。


「リリナ様、お夕食の時間なのですが……。リリナ様?」


 ボーとしているリリナが気になり、もう一度名を呼ぶ。疲れているのだろうか。


 少し客室で休んだ方がいいだろうと、部屋まで案内し、サニーにお茶を淹れるよう指示をする。


「リリナ様、大丈夫ですか? 私が連れまわしたせいでお疲れになりましたよね。気遣いが足りず、申し訳ございません」

「ち、違うの! 違うのよ、ソフィー! わたくし恥ずかしくて…」

「恥ずかしい?」

「だって、ソフィーはもうすでにあれだけの人材を集め、施設を作り、この国に多大な貢献をしているというのに、わたくしは自分のことだけで精いっぱいで。貴女との約束を、ちゃんと果たせるのか不安で…」


 涙目で言葉を震わせるリリナを見つめ、ソフィーは思った。


(バート見なさい! このリリナ様の愛らしいお顔を! この愛らしさを見れば、私が手紙で書いた意味がよく理解できるはずよ!)


 だが、残念ながらバートがご令嬢の泊まる客室に入室するわけもなく、心のひとり言は意味を持たない。


「ソフィーは、わたくしには過ぎた友人だと、今日一日でとても痛感したわ…」

「何を言ってらっしゃるのです、リリナ様。その言葉は私がいつも思っていることです」

「……でも、わたくしには誇れるものが何もないわ」


 目を伏せ、悲しそうに眉根を寄せるリリナの手をそっと取り、両手で握りしめる。憂いの表情を浮かべるリリナも大変可愛らしいが、やっぱりリリナには笑顔が一番似合う。


 だから、この可愛らしい友人には、いつも笑顔でいてほしかった。


「リリナ様はリリナ様であることを誇ってください。リリナ様は私に仰ってくださったではないですか、自分を誇れと。私、本当に嬉しかったのですよ。女学院で初めてできたご友人に、そのお言葉をいただいて」


 リリナが視線を少しだけ上げてくれるが、それでもまだ表情は暗い。


「私、本当は怖かったのです。リリナ様がこちらへおいでになって、私の生活を見て、はしたない友人と軽蔑されないかと…」

「――――! 軽蔑なんてするわけないじゃない、どうして!?」

「令嬢が父親の仕事を手伝うなど、本来あり得ない行為をしているのです。白い目で見られても、それは当然ですわ。……本当は少し隠しておこうかと思いました。でも、リリナ様に隠し事はしたくありませんでした」


 クリスティーナに隠し事をしたくないように、大切な友人にも隠し事はしたくなかった。ほんの少し、自分を隠してもどうせすぐにバレてしまうだろう。自分の偽りを知って、彼女たちの心を曇らせることが許せない。


「事業を行うことを、ずっと令嬢としては失格だと分かっておりました。でも、私にはどうしても必要で、成すことで私は私自身を強くすることができました。勿論、一人ではできないことばかりです。周りにたくさんの人の協力をいただいたからこそできていることなのです。それを、リリナ様には知っていただきたかった」

「ソフィー…」


 リリナが、取った手を強く握りしめてくれる。まるで、力を与えてくれるように。


「やはり、貴女はわたくしには過ぎた友人だわ。そんな友人と、生涯の中で出会えたことに、わたくしはいったい誰に感謝を捧げればよいのかしら」


 お互いの両手が重なり、リリナは感謝の祈りを捧げるように目を閉じる。いま目の前にある出会いを最上の喜びとするかのように。しばしの祈りの後、目を開け、ほほ笑むその顔はいつものリリナだった。やはりリリナには笑顔がよく似合う。


 ホッとするとともに、この可愛らしい友人の素晴らしさを、バートにどう説明すれば理解してもらえるのだろうと悩むソフィーだった。


 昨日の夜も、かなりの熱弁をふるったのにダメだったのだ。元営業職のトーク力をもってしても理解してもらえなかった。リリナを見れば、言わずとも理解してくれると思っていたので、とんだ誤算だった。


 リリナのたっぷりと可愛らしい顔を見ても、なんら心を動かさない男に、ソフィーは恐れおののいた。前世の自分であれば、ありがたさに土下座するぐらいだというのに。


 思わず、「貴方、行間の性癖なのではない?」と口走ってしまったくらいだ。


 ソフィーとしては、バートはバートだから、どんな性癖でも構わない。


 だが、長年一緒にいたというのに、それに気づけなかった自分が悔しい。


 一人自分の至らなさを悔いているソフィーを前に、バートはその発言も意味も、目の前のお嬢様が何を考えているのかも理解できなかったが、心の底から思った。


 うちのお嬢様は、女学院でいったい何を学んでいるのだろうか、と。

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