拝啓 天馬 只今私は休暇を絶賛満喫中です


 長期休暇、なんて甘美な響きなのかしら。


 ところで貴方はちゃんと休んでいるかしら?


 休養はしっかり取らなければ、いざという時に動けないものよ。


 とは言え、私もやることが多くて、ゆっくりと休んでもいられないのよ。


 休暇中に、商会の現在の状況も把握しておきたいし、やっぱりバートからの手紙だけでは分からない実状というのもあるでしょう。


 でも、王都に帰ってきて、久しぶりに家族に会えて嬉しかったわ。


 一歳の誕生日を迎えたモニカは、ますます可愛らしく成長していたし、ミカルも相変わらずお姉ちゃん子で、いつもお行儀のよい子なのに、珍しく挨拶もせずに私の足にしがみ付き離れなかったのよ。可愛らしさで脳が爆発するかと思ったわ。


 バートもエリークも元気そうだったし、サニーも久しぶりに兄弟と幼馴染に会えて嬉しかったと思うの。……たぶん?


「ただいま」「ああ」みたいな会話しかしていなかったけれど、きっと心の中では歓喜に震えていたのでしょうね。うん、たぶん?


 商会で働いてくれている皆も元気そうだったわ。なぜか泣かれてしまったけど。


 たった数か月いなかっただけで、どうして泣かれるのかが分からなくて、バートに聞いてみようとしたら、「どいつもこいつも…」と、すぐキレる若者みたいな顔をして呟いていたから、空気を読んで黙っていたわ。


 仕事は滞りなく進んでいたから心配していなかったけれど、皆よほど疲れていたのでしょう。今度、疲れに効くお茶を持っていくわ。疲れに効くお茶はバートからたくさん貰って飲んだから、その中で一番私が気に入ったものを持っていくつもりよ。


 そうそう、ハールス子爵夫人に頼まれていた物語の写しもお渡ししたの。そしたらとっても喜んでくださって、お母様と一緒になって読んでいらしたわ。


『金色の騎士と黒曜石の少年』もとても気に入って大絶賛だったわ。ハールス子爵夫人が行間を読まれる方なのかどうかは分からなかったけれど、人間知らない方がいいこともたくさんあると思うから、謎は謎のままにしておこうと思います。


 年が明けたら、リリナ様とタリスに行くのよ。学院外で、お友達と遊ぶのは初めてだからちゃんと対応できるか心配だけど、バートとサニーも同行してくれるからきっと大丈夫よね。


 タリスに行けば、クレトとも会えるから今から楽しみだわ。


 面白い話があったら天馬にも伝えるわね、楽しみにしておいて!


 


 ◆◇◆◇◆




 以前は馬車で二日かかっていたタリスへの道も、今は新たな道が舗装されたお蔭で時間が短縮し、一日とかからずに着くようになった。


 それでも長い道中、リリナが退屈しないか不安だったが、馬車の中では絶えず会話が続いた。


 お互いのお姉様の話や、物語の話、休みの間にあった出来事。


 二人のご令嬢の会話を、やっぱり離れずについてきたミカルはニコニコと笑顔でお行儀よく聞いていた。まだ幼いミカルからすればまったく分からない話だろうに、ソフィーの傍に居られればそれで幸せらしい弟は、リリナにも可愛がられていた。


 朝早くに出発し、日が暮れるころに到着したので、リリナとミカルにはすぐに休んでもらった。別邸の管理もしてくれているクレトの指示で、客室は女の子が好みそうな物に変えてくれていた。優しい色合いのカーテンが下げられ、天蓋カーテンはレースたっぷりで豪奢だ。テーブルと椅子には薔薇の彫り装飾が施されており、椅子の張り地は赤とベージュのストライプで華やかだが可愛らしい。


 バートもそうだが、クレトも普段上質な物に触れる機会が多いため、センスが良い。客室を見た瞬間、リリナがとても素敵だと褒めていた。


 リリナとミカルが眠りについたころ、ソフィーは元々自室だった部屋で、たくさんの書類に囲まれていた。


「こちらはタリスの組合の者が、ソフィー様へご覧いただきたいと」

「あら、新商品の提案書ね」


 バートが差し出した冊子の中身を見ると、女性向けの可愛らしいお菓子と、その作り方が書かれていた。パッケージも高級志向なものから、買いやすそうなものまで幅広く提案されている。


「お客様がお帰りになられた後にでも、試食会を行いたいそうなのですが」

「いいわ。リリナ様が帰られた後なら時間はそちらに合わせますとお返事して」

「承りました」


 その横で、今度はクレトが別の書類を差し出す。


「お嬢さん、こっちが肥料を変えた場合の農作物の成長と出来栄えを比べた結果の資料。畑を分けて調べてみた。肥料も与えれば与えた分だけいいってわけじゃないが、エリーク発案のこの肥料は質がいいと思う」

「あら、さすがエリークね」

「あとこっちの社員もお嬢さんに会いたがっているから、今度顔を出してくれよ」

「それなら、明日リリナ様が畑を見てみたいと仰っていたから顔を出すわ。リリナ様が帰られたら、せっかくだから皆で食事をしましょう。女学院では料理なんてできなかったから、そろそろ何か作りたいわ」


 喜んでいるクレトの顔を見ながら、なにを作ろうかと悩んでいると、元気よく扉が開く音がした。


「ソフィーお嬢様、お元気そうでなによりです!」

「デニス。貴方も元気そうね」


 夜だというのに溌剌とした顔で挨拶をするのは、一人の青年だ。


 彼は、最初に王都からタリスに出向させられたリニエール商会の当時新入職員だった男だ。


 ソフィーが頼んで父が派遣してくれた彼は、ソフィーが王都に帰ってからもずっとこのタリスでクレトと共に農作物の管理や、砂糖の製造に関わってくれていた。


 我儘娘のとばっちりみたいな形でこのタリスにやってきた彼だが、今日も元気そうだった。


「ねぇ、デニス…貴方そろそろ王都に帰りたいとは思わない?」

「ええ! 帰らないと駄目ですか!?」


 よほどこちらの生活が気に入っているようで、来た当初から楽しそうにしていたが、そろそろ帰りたいとは思わないのだろうかと思い問えば、絶望した顔でデニスが声を上げた。


「だって、せっかく王都で就職が決まって上京してきたのに、私の我儘ですぐに出向させられて。今やクレトと共に、農業から、経理、管理まで全部任せてしまって。申し訳ないわ」

「いや、でも自分、元々田舎の出なのであんまり王都の生活に馴染めなかったんですよぉ。本社の重役の方々も、社員の方も、皆王都出身だし」

「デニスがこちらにいてくれるととてもありがたいけど。でも、ご両親が心配されてお手紙が何度も来ていると聞いたから、そろそろ私も後任を考えた方がよいかと思っているのよ」

「クレトさん! なんでその話をソフィーお嬢様にするんですか!」

「いや…だって…」


 デニスの方が年上なのだが、クレトの方が管理者としてここでは地位が高いため、デニスはクレトに敬語を使う。あって無いような上下関係なのだが、元々誰にでも敬語を使ってしまうのが、デニスの性格だった。


「俺としては、デニスに王都に帰られたら仕事が溜まるし、嫌だからさぁ」

「ほら! クレトさんもいてほしいって言っていますよ、ソフィーお嬢様!」


 とっても嬉しそうだ。


 ソフィーとしては、デニスの今後を思っての発言だったのだが、どうやらいらないお節介だったらしい。


「デニスがいいのなら私としても貴方がここにいてくれた方が助かるのよ。でも、ご両親の方は大丈夫なの?」

「いいんですよ! 最初は“タリス”って地名も両親はよく分かっていなかったので、心配していたみたいですが、今やタリスは食の都ですよ。夏だけでなく、冬も美味しいものが食べられると貴族の方も多数来られる。王都だって、知らない人間はいない憧れの保養地なのですから! ただ、うちは本当に田舎なので、その情報が届いていないだけですから!」

「なら、ご両親をタリスにご招待してはどうかしら?」

「へ?」

「貴方が、どれだけこのタリスでリニエール商会にとって、重要な仕事を任されているか見ていただいたら、ご両親も安心されるのではないかしら」

「ふえ!?」


 ここ数年で培った経理根性が、すぐにデニスの頭に浮かんだ。両親二人分の旅費…結構痛いな、と。


 つい先日、妹の結婚資金にかなりの貯金を使ってしまったデニスは頭を悩ませる。だが、すぐハッとした。目の前のご令嬢は自分が言い出したことに金など出させるわけがなかった。


「バート、手配をお願いね」

「はい」


 案の定、笑顔でバートに手配を指示していた。


「ええ!?」


 ソフィーにとってははした金でも、庶民感覚ではかなりの金額だ。それを出してもらうなどあまりにも恐れ多い。あわてふためくデニスを後目に、大体の日程まで決められていく。


 頼りになる相棒を失わなくてすんだとばかりに笑うクレトの声が、夜の部屋に響いた。

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