拝啓 天馬 私は聖なる書を手に入れましたⅢ
「あら。わたくしには言えないことなのかしら?」
「いえ! クリスティーナお姉様に言えないことなど、一つもありませんわ!」
(嘘です! あります!)
さすがに“豊穣の恵みにふれた祝福という名の僥倖”を口にするわけにはいかない。
(ど、どうしよう……)
焦っていると、クリスティーナがじっとソフィーの髪を見つめていた。
「その髪飾りは…」
「はい!?」
「貴女ならいくらでも新しい髪飾りを用意できるでしょうに、いつも同じ髪飾りを使っているでしょう。手入れはされているようだけど、もう何年も使用しているものだわ。とても大切に使っているのね」
「これ、ですか?」
髪飾りは、幼い時にリオに貰ったものだ。
最初で最後のプレゼントを、ソフィーはいつも髪に付けている。
他に髪飾りが無いわけではないのだが、つい付けてしまうのは、友人に宣言した言葉を忘れないようにするためもあった。
「友人からのプレゼントだったので、大切にはしていますね」
髪飾りに手をやる。幼かった時は少し大きいように思えたそれも、今はピッタリだ。青い宝石も真珠も、手入れを欠かさないため、今も美しい輝きを失っていない。
「装飾の宝石が、友人の瞳と同じ色だったので愛着を感じていましたが、青はクリスティーナお姉様の瞳の色でもあるので、今はもっと大切に思っています。それに、クリスティーナお姉様からいただいた指輪も薔薇の形ですし、宝石の色も同じ青なのでセットの様でとても嬉しいです」
「ソフィーはどちらの贈り物が嬉しいの?」
どちらの、と言われると難しい。
すぐにでも『それは勿論クリスティーナお姉様からいただいた指輪です!』と言いたいところだが、リオのくれた最初で最後のプレゼントも大切だ。
「これは、次いつ会えるか分からない友人から贈られたものなので、優劣をつけるのが難しいです。もし、クリスティーナお姉様からいただいたこの指輪が、友人と同じいつ会えるか分からない最後の贈り物となってしまうなら、この指輪を私は命と思って大切にするでしょう。でも……、それはイヤです」
リオのように、いつ再会できるか分からない状態になってしまったら…と仮定するだけで辛い。クリスティーナの光り輝く笑みを、いつも見守っていたい。それに、美しいだけではなく、気高い彼女はソフィーにとって指針でもある。
つまずき、不安を抱いた時でも、クリスティーナならどうするか、どう動くか。そう考えるだけで、暗い道も光り輝く。
リリナやセリーヌたちも皆、美しく素晴らしいご令嬢だが、クリスティーナは別格なのだ。
王妃になるため生まれ、育てられた彼女の生きる道は最初から決められていた。自分の自由になることのない未来を放り出すことなく、重圧も努力も顔に出さず、その才能さえ少しもひけらかさない。
彼女ほど、王妃に相応しい人間はいないと、誰だって思う。
そんな尊い方を、いつまでも見ていたい。役に立てることがあるなら、この手を差し出したい。
「私は、叶うことなら、ずっとクリスティーナお姉様のお姿を見ていたいです」
心を捧ぐように言葉を紡げば、クリスティーナが反省するように瞳を細めた。
「ごめんなさい、意地悪を言いましたわね。ソフィーがその髪飾りをいつも大切にしていたから、嫉妬したわ」
「そんな、クリスティーナお姉様が嫉妬されるような物ではありません」
「あら、だってその宝石はご友人の瞳の色なのでしょう?」
「はい」
「自分の髪や瞳の色を贈るのは、大切な方。とくに異性なら恋人や婚約者に贈る色よ」
「そうなのですか?」
キョトンとして尋ねれば、数秒、クリスティーナが固まった。
「知らなかったの?」
「はい、今までとくに縁が無かったので。ああ、でもこれはそういう意味ではありませんよ。確かに友人は異性ですが、幼い時にもらったので、友人も意味を知らなかったのではないでしょうか」
「……いえ、そんなはずは…」
小さくクリスティーナが呟く。彼女にしては珍しく、戸惑いの色が表情に出ていた。
「…ねぇ、ソフィー」
「はい?」
「貴女、今まで異性に好意を持たれた時はどう対処していたの?」
「異性に好意? クリスティーナお姉様、私はお姉様と違って異性から好意など持たれたことなどありませんわ!」
とっても良い笑顔で断言するソフィーに、クリスティーナはなぜか空を仰いだ。
なにか鳥でも飛んでいたのだろうか。温室はガラス張りなので、鳥がいれば見えるだろう。思わずソフィーも空を見上げたが、何もいなかった。
「ソフィー…」
優しく名前を呼ばれた。
「わたくし、貴女のことがとても心配だわ」
愛しいお姉様に突然気遣われ、ソフィーは「ええ!?」と声を上げた。
しかも憂いたため息つきだ。
慌てふためくソフィーに、クリスティーナは静かに言う。
「やっぱり、指輪を贈ってちょうだい。この指に、誰もが目を見張るような美しいものを。――――牽制として必要だわ」
美しい人がどういう意味で言っているのかまったく分からなかったが、ソフィーは返事と共に大きく首を縦に振った。
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