拝啓 天馬 私は聖なる書を手に入れましたⅡ
指輪は姉妹の契りを交わしてから用意するものではなく、最初から用意しておくのが習わしだそうだ。
たとえ、指輪のサイズが合わなくてもかまわず、サイズが大きかったり小さかったりするときは、ネックレスにして身につける。ソフィーもリリナも用意されていた指輪がピッタリだったので、指につけているが、やはりサイズが合わず、ネックレスにする方が多いのだそうだ。
「ソフィー……タリスにわたくしがお邪魔したらやっぱりご迷惑かしら?」
「え?」
「お休みの間も貴女に会いたいわ。タリスなら、ラナお姉様が喜びそうなお菓子もたくさんあると思うの。ダメ?」
上目づかいに可愛らしく小首を傾げてお願いされて、いったい誰が断れるというのだろうか。
ラナ直伝、セリーヌ曰く、男を手玉にとる魔性の微笑を見せられ、前世女性にモテなかった男の記憶を持つソフィーが敵うわけも無く、喜んで了承した。
「お休みの間もソフィーと会えるなんて嬉しいわ!」
「私も嬉しいです。あ、ですがタリスには私の弟も同行すると思うのですが、宜しいでしょうか?」
「ソフィーの弟君!?」
「はい」
「貴女に似ているの?」
「髪の色は違いますが、それ以外は似ているかと思います」
「まぁ! お会いするのがとても楽しみだわ!」
ミカルの同行を逆に喜ばれ、ホッとする。ミカルはお行儀が良いので、リリナを困らせることは無いだろう。
その後、二人は日程を話し合い、年が明けて四日に王都から一緒にタリスに行くことにした。
「その頃には、頼んでいた指輪が届いていると思うから、ソフィーにも一度見てもらって、大丈夫そうならラナお姉様に贈りたいの!」
「……はい?」
「お返しの指輪よ。いま頼んでいるところなの。宝石の色は、わたくしの瞳の色にしたのだけど、ラナお姉様の指に合うか心配で」
「え?」
「どうしたの、ソフィー?」
いつも聡明な返事をしてくれるはずのソフィーのうろたえた声に、リリナが不思議そうに問う。
「あの……まさか、姉妹の契りの指輪って、贈り合うものだったんですか?」
「知らなかったの?!」
逆に驚愕の表情で返され、ソフィーは固まった。
しかし、次の瞬間にはガタンと音をたて椅子から立ち上がる。
「リリナ様、申し訳ありませんッ、席を外します!」
謝罪を口にしながら走り出した。勿論向かうのは最愛のお姉様、クリスティーナのもとだ。
ご令嬢にあるまじきスピードで走るソフィーを、他の生徒たちが驚いて見ているが、それどころではなかった。
(クリスティーナお姉様の小指のサイズを聞かなくては! ああ、でも今から頼んで、休暇が終わるまでに出来上がるの?!)
前世だって指輪を女性に贈ったことなど無いだけに、どれほどの期間が必要なのか分からない。しかも、宝石にたいして興味が無かったソフィーは、自分でアクセサリーを購入したことが無かったので買い方もよく分かっていない。
(すぐに調べてもらえるよう、バートに手紙を書いて。カタログとかあるのかしら? いえ、やはり自分でデザインを決めて特注でないといけないわ!)
グルグルと思考をフル回転しながら走っていると、クリスティーナが温室で花を愛でている姿が目に入った。
「あら、ソフィー。どうしたの、そんなに慌てて?」
「く、クリスティーナお姉様、申し訳ございません! 小指のサイズをお教えくださいませ!」
必死の形相で問うソフィーに、それだけで相変わらず察しの良いクリスティーナは理解したようで、クスリと笑った。
「リリナから聞いたのね」
「はい…」
さすがクリスティーナ、全てお見通しのようだ。
「いいのよ。知らないと分かっていて、わたくしも言わなかったのだから」
「私が、指輪を贈るのはご迷惑ですか?」
「そういう意味ではなくて。ただ、わたくしが一方的に貴女を“妹”にしたのだから、貴女が気に病む必要は無いということよ」
「一方的になど…」
「一方的だったわ。入学初日の何も知らない貴女に、指輪を贈ったのだから」
どこか懺悔するように目を伏せるクリスティーナに、ソフィーは大きく頭をふった。
「クリスティーナお姉様が下さった指輪は、私にとって一番の僥倖でした! ぜひ指輪を贈らせてください! クリスティーナお姉様に相応しい指輪をご用意してみせますので!」
「まぁ。……二番目はなぁに?」
「え?」
まさかこの流れで、僥倖の二番目を聞かれるとは思わなかった。二番目の僥倖と言えば、リリナからの“豊穣の恵みにふれた祝福という名の僥倖”事件が頭に浮かぶが、口にするわけにもいかず、なんとなく目を逸らしてしまう。
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