拝啓 天馬…Ⅱ
「わたくしが原本を写したものよ。ソフィーにあげるわ」
リリナの書き写しということは、普通に出版されたものではないのだろう。
「よろしいのですか?」
「ええ! これを読めるのは“女王の薔薇”の生徒の特権なのよ!」
“女王の薔薇”の生徒の特権?
「……これは、もしかしてこの学院の方が書かれたものなのですか?」
「そうよ! 作者は完全不明だけど、つい先日新刊が出て、いま三巻まで出ているの!」
それは、確かに読もうと思っても中々読めない一品だ。本の分厚さからみても、なかなかの大作のようだ。
「この本の主人公であるニコル様は、平民の出なのですが、暴走した馬から伯爵令嬢を助けたことがきっかけで、貴族だけが入学できる学院に入ることが許されるのです! そこでレオルド様と出会い、成長していく物語なのよ!」
とても嬉しそうにリリナが語る。
少年マンガの小説版みたいなものだろうか。
「とても面白そうなご本ですね。読むのが楽しみです」
前世ではあまり漫画や小説の類は読まなかったが、物語が嫌いなわけではない。それに、リリナの表情はキラキラとしていて、どれだけこの本が好きなのかが窺い知れる。人が好きだと語る本を読めることは、とても嬉しい。
礼を言ってその場は別れたが、放課後またリリナがやってきた。今度は取り巻きを連れて。
一度ならず二度までもリリナを号泣させただけに、いくらリリナの友人になったといっても、取り巻きの方々には良い風には思われていないだろうと思っていたが、意外とすんなり受け入れてくれた。
皆、二言目にはリリナを助けるために馬で駆ける姿は、ニコル様みたいで素敵だった! と言われた。
平民であるニコルは短髪だが、どうやら黒い髪と緑の瞳をもつらしく、ソフィーと同じ色なのだそうだ。そのうえ、あの時はズボン、髪は結って帽子をかぶっていたので余計にニコルに似ていたらしい。
物語の登場人物によく似ているうえに、同じように伯爵令嬢を助けたソフィーに、皆どうやらミーハー心を刺激されているようだ。
(ご令嬢って、やっぱ可愛い…)
キャーキャー、キャッキャッしているお花に囲まれ、ソフィーは祐思考で思った。
天馬に伝えられない分、バートに手紙を書こうと決めたソフィーだったが、その後返信で返ってきたバートからの荷物には、疲れに効くお茶が数種類入っていた。
(前より増えてる……)
ちょっとだけ反省したソフィーだった。
リリナから借りた本を読むこと数時間。
ちょうど次の日が休日だったため、じっくりと読むことができた。
『金色の騎士と黒曜石の少年』というタイトルの、本の主人公は、ニコルというソフィーと同じ髪と瞳の色をもつ少年だ。
彼は頭も良く、家族からも愛され育った。リリナが言っていたように、伯爵令嬢を助けたことで、貴族だけが入学を許されていた学院に入ることが許可される。これは、貴族階級ばかりに縛られず、前途有望な若者をもっと国の宝とするべきだという考えをもつ、伯爵令嬢の父が進言したことにより、王が許可したものだった。
タイトルにある“金色の騎士”は、この学園でニコルの親友となる男、レオルドのことで、金色の髪と青の瞳をもつ美青年だ。
タイトルでは『騎士と少年』だが、二人は同じ年で、年齢差があるわけではない。貴族で食べ物に困らなかったレオルドの体格が立派なのに対して、平民で食べられるものが少なかったニコルは痩せて、身長も高くない。体格差の違いをタイトルで表しているのだ。そう物語の中に出てくるのは、貴族と平民との差。貧富の差だ。それが、二人の体格にも表れていることを暗に言っているのだ。
最初、二人はあまり仲が良くない。
ニコルは高位貴族であるレオルドに畏縮し、レオルドの方も自分の中にある貴族特有の傲慢さを知り、戸惑う。レオルドは、傲慢な父を見て育ったため、自分だけはああはなるまいと思っていた。それなのに、自分にも同じ差別意識があったことに愕然とする。
そんな揺れ動く二人の若者は、ある事件をきっかけに仲を深めていく、というストーリーだ。
キャラクター設定がよくできているうえに、階級差別などの問題も取り入れ、フィクションである物語をよりリアルに描いていた。
読み終えたソフィーは、ふーと息を吐く。
前世と違う世界であるこの国をより多く知るため、多数の書物を読んできたソフィーだったが、その中でも『金色の騎士と黒曜石の少年』は群を抜いてよく作られた物語だった。
まず心理描写が上手い、貴族ばかりで肩身の狭いニコルの、息の詰まる日々は読んでいるこちらまで辛くなる。レオルドも、傲慢な貴族意識が自分でも気づかないうちに口や態度で出てしまい、その苦悩する心の機微が詳細に書かれている。少しミステリー要素も含まれており、読むものを飽きさせない。
「情景描写も素敵だし、書いた方はすごいわね…」
リリナ曰く、こういった誰が書いたものか分からない物語は、この“女王の薔薇”にはたくさんあるらしい。作者不明にしているのは、書いた者が何にも囚われずに好きなものをかけるようにするためであり、読む者も作者の地位などが分かってしまうと、物語を純粋に楽しめなくなることを配慮しているそうだ。
“女王の薔薇”では、ずっと昔から作者不明が当たり前なのだそうだ。
手書きで書き写すのも、誰が書いたものか文字から判別できないようにするためらしい。
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