拝啓 天馬…
「しまった! 当分書かないと決めたじゃない!」
いつものくせでつい書こうとしてしまい、慌てて閉じる。
書くときに書くというくせで、つい昨日の夜に書いたことを忘れ、今日の朝も何かを書こうとしてしまった。
(いけない、いけない。天馬の裏切り者のことはしばし忘れるのよ)
いつの間にか裏切り者に降格した親友のことはさておき、よく眠れたおかげで疲れも完全に抜けていた。
「一晩経っても痛みも無いし、大丈夫そうね。さすが、私。頑丈だわ!」
こういうところは頑丈な父親似で大変ありがたい。
ランランで学院に行くと、教室の前でリリナが立っていた。今日は取り巻きを連れておらず、一人だ。
「おはようございます、リリナ様。お体の方は大丈夫でしょうか?」
一瞬、声をかけるのを躊躇ったが、体の方が心配だった。昨日は大丈夫でも、少し時間が経てば痛みが出てくることだってあるだろう。ご令嬢らしからぬ頑丈さをもつソフィーと、深窓のご令嬢リリナでは色々違いすぎる。
声をかけると、リリナは強いまなざしでソフィーを見つめ、口を開いた。
「わたくし、貴女に意地悪ばかりしていたのにどうして助けてくださったの!?」
「へ?」
開口一番の言葉に、ソフィーも困った。
(どうして? ……どうしてと言われても…)
特に、どうもこうも無い。危ないと思ったから動いただけだ。理由が必要なのだろうか。
ソフィーは少し考え、いつものように微笑んだ。
「私は、リリナ様は可愛らしく、とても素敵なご令嬢だといつも思っておりましたよ。意地悪な方だと思ったことは一度もありません」
「う、嘘よ!」
「本当です。それに、私に教科書を貸してくださろうとしてくれたではないですか」
「だって、あれは無いと困るだろうと……困ってなかったみたいだけど…」
思い出したのか、頬が膨れている。
やっぱ可愛い。その白い頬が膨れる様は、何度見ても可愛いと思ってしまう。
リリナはうつむき、居心地悪そうに体を揺らす。逡巡するように、眉根を顰めたが、心を決めたようにソフィーの手を取った。
「貴女はわたくしの命の恩人よ! 身勝手だとは分かっているわ。でも、どうか今までの行いを許してほしいの! わたくし、貴女に…ソフィーにお友達になってほしいの!」
中村祐歴二十五年、ソフィー・リニエール歴十四年。初めて言われる言葉に、ソフィーは言葉を失った。
小学一年生で友人になった天馬だって、友達になろうとは言わなかった。なぜかいつも天馬は祐の傍にいて、そのうち友人関係が定着していた。友達はなろうとしてなるものではない、いつの間にかなっているもの。そういうものだと思っていたから、このお友達発言には驚いた。
(ロリ顔超巨乳美少女に、友達になろうと言われる世界線が存在しているなんて!)
恐れおののき、顔が固まってしまう。
「やっぱり…イヤ…?」
(ロリ顔超巨乳美少女が泣きそうな顔で、自分を上目遣いに見ている世界線!)
どうしても出てきてしまう祐思考をなんとか抑えつけ、ソフィーは必死にご令嬢の仮面をかぶった。
「いえ、とても嬉しいです! リリナ様が友人になってくださるなんて、とても光栄です」
「本当に?」
「はい、どうかよろしくお願いいたします」
握りしめられた手を右手だけ抜き、リリナの手に重ねるように握り返すと、花が綻ぶような笑顔を見せてくれた。
(うわ…尊い…)
抑えつけても抑えつけても出てくる祐思考は、自分が悪いのかリリナが可愛いのが悪いのか、もはや分からなくなってきた。
「でも、本当によろしいのですか? 私、リリナ様に怖い思いをさせてしまったのに」
「あれは、わたくしが意地を張ったのが悪かっただけだわ! それに、助けてくれたソフィーは、ニコル様みたいでとても素敵でしたし」
「ニコル様?」
知らない名に、オウム返しをすると、リリナは『え?』と声を上げた。
「『
「はい」
素直に答えると、リリナはもう一度まぁ! と声を上げた。
「この学院に入学して、あんな素晴らしいものを読んだことが無い方がいらっしゃるなんて……」
リリナの目を丸くする驚きぶりに、ソフィーは記憶を辿る。もしかして、教科書に載っていたのだろうか。しかし、教科書には一通り目を通している。破かれた時に、もう別に無くてもいいやと新しく用意しなかったが、見落としがあったのだろうか。
考え込んでいると、リリナが急に走り出した。
「リリナ様?」
「わたくし部屋から持ってきますわ! あれを読んだことが無いなんて、“女王の薔薇”に入学できなかったご令嬢たちから恨まれてしまいますわ!」
「ええ!?」
そんな大事な本なのか。
でも、“女王の薔薇”に入学できなかったご令嬢たちから恨まれるというと、他では読めない本ということになる。
(ということは、やはり教科書に載っていたのかしら?)
まだ授業が始まるには早い時間だ。せっかくリリナが持ってきてくれるのなら、自分だけ教室に入るのは気が引ける。
しばらく待っていると、息を切らしたリリナが戻ってきた。
渡された一冊を捲ると、装丁は一冊の本だが印刷されたものではなく、手書きで書き写ししたものだった。
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