拝啓 天馬…Ⅲ


「“女王の薔薇”って、私が思っていた以上にすごいのね」


 ご令嬢が通う学院というのは、詩や刺繍、ダンスや礼儀作法ばかりだと思っていた。


 こんな自由な発想で物語を書いて、皆で楽しんでいるなんて知らなかった。


 淑女とは、決められた世界を秩序正しく生きていくだけなのだと思っていたが、実際は自分たちで楽しみを見つけ、輝くように生きているのだと知った。


 正直、ソフィー・リニエールとしてこの世界に生まれ、女の子でよかったと思うことはたくさんあったが、同じくらい女性が生きづらい世界だと思うこともたくさんあった。


 貴族だからこそ余計にそう思うのだろうが、料理をすることは恥、足を出すのは卑猥、走り回るなど言語道断。コルセットはキツイし、髪も長いことが美とされているため重い。結婚も、本来親が決めた者としなければならないし、結婚したらしたで夫に仕えるのが当たり前、子供を産むのが当然で、自分の意思で自由になることなどほとんどない。


 ソフィーのように、自由に好き勝手生きているご令嬢の方がおかしいのだ。バートたちが、異端のお嬢様と表現するのが可愛いぐらいに。


 貴族の女性は、幼少期は父に縛られ、結婚してからは夫に縛られる。没落しない限りは、お金や生活の心配をしなくていい反面、不自由で窮屈な世界。


 だが、その窮屈な世界で、女性は女性たちの中で秘密を作り、楽しみを作り、輝きを放つように毎日を生きている。


 その最たるものが、この“女王の薔薇”なのだ。


 貴族のご令嬢にとって、“女王の薔薇”がなぜ憧れの場所なのか、ソフィーはやっと分かった気がした。


 リリナから貰った本をそっと指で撫でる。


 “女王の薔薇”で生活する三年間を、時間が勿体ないと思っていた自分はもういなかった。


 どこにいても、なにをしていても、人はそこで何かを知り、得ることができるのだと。


 それを知る機会を下さったハールス子爵とハールス子爵夫人に、そして入学を薦めてくれた両親に、ソフィーは大きく感謝した。









 次の日の朝、本をくださった感謝と、とても素敵な本だったという感想をリリナに伝えた。リリナははしゃぐように喜んで、続きを持ってきてくれると言ってくれた。


「きっとソフィーも気に入ってくれると思っていたの!」

「はい、楽しい時間をいただきました」

「とてもステキだったでしょう! とくにお二人が心を通わせ、一緒に同じ本を読みながら、本の感想や考察するところなんて、愛の深さを感じられたでしょう!」

「はい! ……ん?」


 愛という言葉に、ソフィーは目をぱちくりと瞬いた。


(愛の深さ? 友情の深さのことかしら?)


「とくにここの描写は秀逸でしたでしょう! 本を持ち、ページを捲るニコル様の横顔を、身長の高いレオルド様はまるで慈しむかのように上から眺めているんです。本じゃなくてニコル様を見ているのです! 長く濃いまつ毛が瞬きで動くたびに、ご自分の鼓動が強く脈打っているのを感じて、戸惑うのです!」

「………………へ?」


 そんな描写あったっけ? 


 確かに二人が本の感想を言い合う描写はあった。覚えている。だが、ソフィーが読んだ内容とは違う気がする。


 二人はある脚本家が書いた舞台の台本を読み、感想を言い合うのだ。貴族と平民、立場の違う二人が、一冊の本を読みながら別々の感想を口にし、たまに意見があう。それに笑うシーンだ。ちょっと天馬のことを思い出し、読みながら少しだけ寂しくなったのでよく覚えている。


(えっと……そんな描写あったかしら?)


 一行一行読んだはずだが、読み飛ばしたのだろうか。


 不安に思っていると、鐘が鳴った。


「あ、もう時間が…」


 授業が始まる鐘の知らせに、リリナが残念そうに呟く。だがすぐに笑顔でソフィーに笑いかけた。


「放課後、続きを貸すわ! 楽しみにしていて、ソフィー!」

「ありがとうございます、リリナ様」


 去っていくリリナを見送ると、ソフィーは空き教室に入ってすぐに、勢いよくページを捲る。次の授業は体調不良で休んでいたことにする気満々だった。


「どこ!? どこにそんな箇所があったの!?」


 件のページを開き、じっくりと読む。読むが、どうしてもリリナが言っていたようなシーンを見つけることができない。


 どういうことだ。レオルド、お前はいつそんな目でニコルを見ていたんだ!?


 そんな動き、お前していたか!?


 愛の深さ? お前最初ニコルのことを疎んじていたじゃないか。いつそれが愛に変わった!?


 もう一度、全神経を集中させて読むが、やはり見つけられない。


 ソフィーは愕然とした。


「私が読んだ本は、本当にリリナ様が読んだ本と同じものなの?」


 ソフィーがその謎を知るのに、そう時間はかからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る