拝啓 天馬 私は愚者でしたわⅡ


(そもそも、第二王子はあまり王位継承に積極的ではなく、現在の王妃も第一王子を推していると聞いたけど……)


 王位継承で争いが起きぬよう、自分を裏切った侍女の子供を王に推す、王妃のその懐の深さは貴族だけでなく平民にも慕われていた。


 伝え聞く話は、箱に入れたような秩序正しいものだった。第三者的に聞けば、おさまる所におさまった美しい話だ。


 王族といわれる人間の考えなど、前世一般庶民、今世も男爵令嬢レベルのソフィーでは理解もできない。実際、“女王の薔薇”に入学するまでは興味も無かった。


(クリスティーナお姉様は、私にとっては未知の世界に行かれる。未知の世界の住人)


 その事実が、少しだけ寂しい。


 姉妹の契りは一生のものだと聞くが、公爵令嬢であり、王妃となられる方と、男爵令嬢のソフィーとでは、生きる世界が違う。クリスティーナが卒業してしまえば、もう二度と会うことも叶わない存在なのだ。


 そもそも、なぜクリスティーナが、入学早々に姉妹の契りの指輪を下さったのかも、未だに分からない。なぜこの人は、自分を選んだのか。


(バートも、こんな気持ちだったのかしら?)


『別れが来るってことだよ。アンタはご令嬢で、俺達は孤児だ。住む世界が違う。いつまでも一緒にいられるわけがない』


『アンタは貴族の女だ。いつか王都に帰る身だ。本当だったら、アンタもリオも会って話すことなんてできない身分なンだよ、オレたちは』


 幼い時に言われた言葉を思い出す。


 身分。そう、今のソフィーはそういう立ち位置にいるのだろう。


 あの時のソフィーのように、クリスティーナが自分の手を引いてくれるわけも無く、引いてもらいたいなど一つも思わない。


 これから、クリスティーナが遠い存在となるのなら、それをツライと思うなら。その時は――――、


「ソフィー、どうしたの? ボーっとして。もう皆行ったわよ」

「あ…。も、申し訳ございません。少し緊張していたみたいです」


 クリスティーナに声をかけられ、ソフィーは慌てて言い訳をする。


 辺りを見渡せば、お姉様二人とリリナたちはすでに馬に乗ってゆっくりと草原を進んでいた。


「ソフィー、馬は初めてなの?」

「いえ、昔少しだけ…」


 大草原をかけ走ったことならあります、とは口にせず言葉を切る。


 ある大陸の大草原を走ったことがあるのですが、とても気持ちが良かったです! など、ご令嬢が言っていいセリフではないことは分かっているからだ。


 他国へ訪問した際の移動はほとんど馬車ではあったが、数日馬での移動というのもあった。長時間馬に乗るのはかなり体力がいる行為だが、父親譲りの頑丈さを持つソフィーはわりと平気だった。周りから驚かれるほどに上手いと言われたこともある。


「ソフィーの相棒はこの黒馬よ。貴女の髪のような美しい毛並みでしょう」


 クリスティーナの愛馬は白い毛並みを持っているので、二頭が並ぶとお互いの美しさが強調され、とても優美だった。


「本当に美しい子ですね」

「名はゲイル。疾風を意味する名よ」

「まあ、とても速そうな子ですね。よろしくお願いね、ゲイル。背に乗せてちょうだい」


 ゲイルの大きな瞳がソフィーを見る。鼻辺りを指で撫でれば、ゲイルが気持ちよさそうに目を閉じた。相性は悪くなさそうだ。


 ソフィーはゲイルの左側に立つと左足を鐙に掛け、右足で鞍をまたぐ。ゲイルは暴れること無くソフィーをその背に乗せてくれた。


「あら。補助なしで、一人で乗れるのね」


 慣れていない人間は、補助なしでは乗れないものだが、ソフィーは悠々とゲイルの背に乗った。クリスティーナが感心したように小さく呟くと、自分も愛馬にまたがった。


 馬の高い背に乗れば、視界は広がり、空は少しだけ近くなる。


 陽の光が差し、風がそよぎ、木々が揺らぐ。


 いつもある当たり前が、いつもより美しく感じる。


「ソフィーは馬が好きなのね」

「はい!」

「ゲイルも貴女のことが好きみたいだわ」


 黒馬は大地を踏みしめ、しっかりとした足取りでソフィーを運んでくれる。その瞳はなんだか誇らしげだ。


「……そういえば、わたくしはソフィーの好きなものを、全然知らないのね」


 真っ直ぐと前を見据えたまま、クリスティーナが呟く。


「ソフィーはわたくしの好きなものを知っているのに、わたくしは貴女の好きなものを知らないわ」

「そんな、私のことなど…」

「何が好きで、何が嫌いで、困っていることは何か、知りたいことは何か、わたくしのことを本当はどう思っているのか……。知らないことばかりだわ」

「クリスティーナお姉様?」

「貴女はどうして、わたくしが貴女を“妹”にしたのか聞かないの?」


 静かに問われ、とっさに言葉が出なかった。


 なぜ自分を“妹”にしてくれたのか。疑問には思っていた。だが、本人に問うことは無かった。

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