拝啓 天馬 私は愚者でしたわ
天馬、私は己が大変愚か者だったと、やっと自覚いたしました。
ええ、とても愚かでしたわ。小さなことに頓着し、執着し、大事なことを見誤っていました。
かねてより、私は胸が小さい……ってか、無い! と常々思っておりました。第二次性徴期が来たというのにいまだに私の胸はぺったんこ。
いや、これじゃ前世と変わらないし(笑)と思ってしまうほどでした。
そんな私が、なんと今日女性の柔らかさに触れてしまったのです! いえ、私が無理やり触ったわけではないのです! 事故が起き、それを助けようとした結果であって、決して下心があったわけではないのです! 本当ですよ!
これは前世キレイな身であった私に、神が与えた祝福だと思うのです。
あの神秘の柔らかさ、私は悟りました。
自分のぺったんこ具合など、もうどうでもいい。女性に豊穣の恵みがある。それだけで、私は全てを受け入れました。あるべきところにある、それはなんと素晴らしいのでしょう。
その素晴らしさを、自分がいただこうとはなんて愚かだったのでしょう。
神の祝福という名の僥倖が与えられ、やっとそれに気づけました。
ですが、同時に私はもう一つの事実に気づいてしまったのです。とても大きな事実に!
天馬、貴方は前世の私にとって兄弟のように近く、大事な親友でした。
けれど、私は思うのです。貴方は女性の柔らかさをかなり前から知っていた。そう思うと、貴方は前世の私とは天と地ほどに大きな隔たりがあります。
そう、貴方と私は本来相容れない存在だったのです!
今さらそんなことに気づくとは…!
本当に私は愚か者でしたわ。
あの尊さを知り、私よりもずっと先を歩いていた貴方……そう思うと大変イラつくので、当分貴方に手紙を書きません。
――――くたばれリア充!!!!!!!!
ソフィー曰く、“豊穣の恵みにふれた祝福という名の僥倖”事件は、今日の放課後までさかのぼる。
『今日は乗馬をしましょう』
時期はもう冬に近く、冷たい風が吹く日だったが、クリスティーナに誘われればどこへでも行くつもりのソフィーはすぐに了承した。
乗馬ということで、ドレスではなく乗馬服を着ていく。
昔は、女性は馬にまたがれず、横乗りで、乗馬服もスカートでなければならなかったそうだが、最近は女性用の乗馬服もズボンとなっている。
女学院で必要そうな衣類は全て用意してくれた父に感謝し、指定された場所へ急げば、そこにはクリスティーナたちだけではなく、なんとリリナたちもいた。
皆、乗馬スタイルで、髪は邪魔にならないよう、高く結い上げられ帽子を被っている。
そんなドレス姿とはまた一味違うクリスティーナの崇高な美しさは、まるで男装の麗人だ。
二人のお姉様、セリーヌとラナも美しさがいつもよりキリリとしている。皆、姿勢が良いため、ドレスでラインが隠れていない姿になると、まるで一本の若々しい竹の様で、強くしなやかな印象となる。
チラリと横を見れば、リリナの乗馬スタイルが目に入る。
今日も、豊穣の恵みはたっぷりだ。
ドレスとは違う凛々しい、けれどどんな姿であっても隠せない女性らしいたっぷり感を目に収め、ソフィーは世界の理を知ったかのような顔で頷いた。
やはり、恵みの豊かさの前では、人間はただ感謝するしかない生き物なんだと。
まさか、花の妖精のような愛らしさをもつソフィーにそんな風に見られているなど気づくはずも無いリリナは、ソフィーと目が合うとフンっと反対方向を向いた。
(そんな仕草もなんて愛らしい…!)
胸がキュンキュンする衝動に耐えていると、クリスティーナが本日の趣旨を説明してくれた。
心身ともに健康であること。それが、オーランド王国の女性には必要であり、詩や刺繍ばかりでこもっていてはいけない。乗馬は、馬と語らうことで癒しを貰い、走ることで刺激を受ける。不安定な馬の背に乗り、優雅に走ることができるのは、鍛え抜かれた心と体を持ってこそできるものだと。
クリスティーナが愛馬に優しく触れながら口にする言葉に、リリナがうっとりと呟くのが聞こえてきた。
「さすがですわ、クリスティーナお姉様! 王妃になられる方に相応しい、なんて素敵なお考えなのでしょう!」
リリナの賛辞が、ソフィーの胸にどんよりと重くかかる。
(王妃様、か…)
目の前にいる美しい人は、本来とても遠い存在なのだと今頃になって実感する。
公爵家のご令嬢であり、第一王子の婚約者であり、いつかはこの国の王妃となる存在。
ソフィーとて、オーランド王国の王族のことは、噂程度には聞いたことがある。
現在、王には二人の王子がいる。
一人は、側室であった伯爵令嬢が産んだ第一王子。
もう一人は、今も王妃であられる公爵令嬢が産んだ第二王子。
次の王は、先に生まれた王子が、王家を継ぐのが習わしだ。
(だから、本来なら王は王妃との子供をもうけない間は、基本側室を取らないのが普通とか……)
だが、現王は慣例を無視し、側室を娶った。あろうことか、その側室の方が先に王子を産んだのだ。しかも、側室は元々王妃の侍女だったのだという。王妃の侍女に現王は手を出し、側室にしたのだ。
公爵令嬢であり、王妃となる女性の侍女はその身分も高い。身元の確かな者しか、雇わないからだ。
伯爵家の末子だったという側室の女性は、仕えていた王妃の顔に泥を塗ったと、伯爵家からは縁を切られた。彼女は、王宮でもほぼ味方がいない状態で第一王子を産み、数年後亡くなったときいている。
王妃から王を寝取り、第一王子を産んだ女。そんな印象を、この国の誰もが持っていた。
王妃が男児を産むことができなかったのならば、事態はそこまで悪いものではなかったが、第一王子が生まれてその一年後に、王妃は第二王子を生んだ。
慣例は、第一王子が王位を継ぐ。けれど、本来継ぐべきであったのは第二王子。
王位継承をめぐって、密やかではあるが、静かな争いが貴族たちの中ではあった。
それに終止符を打ったのが、第一王子の婚約者となった、この美しいクリスティーナ・ヴェリーンの存在だった。
王国でも有数の名家であるヴェリーン家のご令嬢と婚約を結んだことによって、第一王子の王位継承は確実なものとなったのだ。
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