拝啓 天馬 私、七歳になりました


 天馬、私、昨日で七歳になりました。


 身長も少し伸びました。

 貴方はさすがにもう身長は伸びないでしょうけど、私はまだまだ成長期なので今から楽しみです。


 ところで、……私の胸大きくなると思いますか? 


 お母様を見ていると大丈夫だと思うのですが、なぜかしら、あまり大きくならない気がするのです。

 

 いえッ、そんなことは無いはずですよね!?


 きっと、前世、未知の物体だったものへの憧憬が、恐れ多さに変わり、自分には持てないものだと畏敬の念を抱いているだけですわよね。

 

 ええ、きっとそうに違いありませんわ。

 ええ、きっと…。


 でも、もし大きくならなかったら…







 恐ろしい可能性に、羽根ペンをもつ指が震える。そのせいで、インクがにじんだ。


 まるで恐れの形のように、しみて広がるのを見ていると、扉をノックする音が部屋に響いた。


「ソフィー様、リオ様がいらっしゃいました」

「あら!」


 リオはあれからも何度も訪問してくれている。しかし、最近はその数が減っていた。今日も三カ月ぶりの訪問だ。


 胸問題を一先ず置いて、リオの所に急ぐと、しばらく見ないうちに少し身長が伸びた友人と、その護衛がホールで待っていた。


「リオ、アル久しぶり!」

「ああ。先ぶれも出さずに悪い」

「必要ないわ。リオとアルならいつでも歓迎よ」


 そう言って、遅ればせながら淑女の礼を執ると、リオがほほ笑む。けれど、その顔は少し疲れているようにも見えた。


(今日は外に出るより、家でゆっくりしてもらった方がいいわね)


 ふむ、と判断すると、ソフィーは二人を来客用の応接室へ案内した。


 応接室には優しい色合い青の絨毯が敷き詰められており、その青より濃い色のビロードを張った椅子が置かれている。


 金銭的には裕福であるリニエール家の調度品は、質の良いものばかりだ。人並み外れて美しい少年とその護衛が座っても、まったく見劣りしない辺り、父の趣味は大変素晴らしいとソフィーは思った。


 侍女がお茶とお菓子を出し、退出するとリオが口を開いた。


「このクッキーは、ソフィーが作ったのか?」

「ええ。木の実がたくさん入っているから固いけど、栄養豊富よ」


 説明すると、リオは嬉しそうにそれを口にした。


 最近は、もうソフィーが料理をすることに慣れてしまったのか、お小言を言わなくなった。逆に、嬉しそうだ。


 よし、完全に餌付けした! という謎の達成感がソフィーに芽生えた。


「そういえば、ソフィー。お前、最近孤児院に出向いているそうだな」

「情報が早いのね。どこで聞いたの?」


 いま自分が話そうと思っていたことを先に言われ、ソフィーは持っていたティーカップを、音を立てぬようソーサーに置いた。


「保養地に来ている奴らは暇だからか、噂話ばかりだ。耳をふさいでいても聞こえてくる。それに、貴族の慈善活動は平民の話題にもあがるからな」

「慈善活動?」

「孤児院で慈善活動を行っているんだろう?」

「私は別に慈善活動なんてしてないわよ」


 キッパリと告げると、リオが顔を不思議そうにゆがめた。


「じゃあ、孤児院には何しに行っているんだ?」

「商品開発と人材育成よ」

「……なんだって?」

「いま、孤児院にいる子たちと、商品開発を行っているの。それに伴って人材も育成しているのよ」

「……なんだって?」

「リオ、しばらく会わないうちに耳が遠くなったの?」

「お前が予想外のことばかり言うからだろう!」


 リオが声をあげる。横で、相変わらず護衛らしくないアルが、もくもくと黙ってクッキーを食べているのがシュールだ。


 しかし見慣れた光景なので、ソフィーは穏やかに言った。


「リオ、私はまだ幼い子供だわ。欲しいものも一人では手に入らない。無力なか弱い可愛い女の子なの」

「ツッコまないからな。阿呆はアルだけで十分だからな」


 阿呆と言われても、アルは黙ってクッキーをカリコリと食べている。普段よく喋る護衛なのに、どうやらクッキーがかなりお気に召したようだ。


「そう、だからお金が欲しいのよ。お金があれば欲しいものが手に入るわ」

「欲しいものがあるのか?」

「とりあえず、お給金」

「は?」


 ドレスか宝石、いや少女らしく可愛らしい靴だろうかと思っていたリオは、少女の口から出された言葉とは思えない単語に、我が耳を疑った。


「お金があれば、お給金を払えるわ」


 ソフィーの翠玉の瞳は真剣だった。


 そういえばコイツ、行きたい所に市場をすぐに挙げる女だったと今更ながら思い出す。


「お給金が払えるということは、つまり、人が雇えるということよ!」

「お前、何言っているんだ?」


 当たり前と言えば当たり前のことを言っているのに、何を言っているのかさっぱり分からない。


「逆に、お給金が無ければ人は雇えないの! つまり、お金の無い私は、人が雇えないのよ!」

「父親に頼めばいいだろう!」

「もちろんお願いしている点は多いわ。この前もお願いしたら商会の新入社員を派遣してくれて、とてもあり難かったわ。でも、あまり多くなると言いづらいのよ。それなら、自分でなんとかした方が心苦しくないことに気づいたの!」


 リオは納得しかねる顔で、それでも冷静になろうとしたのか、お茶を一口飲む。ソフィーは続けた。


「孤児院の子たちは、私の考えに賛同してくれたのよ。彼らは、お金の無い私の将来を買ってくれたの。私の将来に出資してくれたのよ、無賃金で働くという行為で!」


 胸熱く語るソフィーは止まらなかった。


「無賃金よ! 彼らは無賃金で私のために働いてくれているの! これは一刻も早く一発当てないと、彼らのお給金が!!」


 拳を握りしめ、まるで無賃金の辛さを知っているかのように呻くソフィーに、リオは完全に引いていた。

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