拝啓 天馬 私、七歳になりましたⅡ


「と、いうわけで、今お金を得るための商品開発を行っているというわけよ!」

「全体的に意味が分からない。…アル、お前分かるか?」

「リオ様が、ソフィー様には絶対勝てないだろうことは分かりました」


 優雅にお茶を一口飲み、アルがにこやかな笑顔で言う。


「お前に聞いたオレが愚かだった」


 右を見れば変な女、左を見れば変な護衛。わりと自分が可哀想だとリオは思った。


 だが、その変な女も一応は貴族だ。そうなれば自然と当たり前の心配が口から零れた。


「その…、大丈夫なんだろうな? 子供とはいえ、持たない者の考えは、持っている者とは違う。お前は一応男爵令嬢だ。孤児に騙されているんじゃないか?」


 なぜ“一応”なのだろう。こんなに言葉遣いに気をつけている立派なレディに対して。


「リオ、騙されて泣かされて身ぐるみをはがされそうに見える、か弱い淑女な私を心配してくれているのは分かるわ。でも、大丈夫よ。心配しないで、彼らはそんな人間ではないわ」

「……ああ、悪い。オレは色々見誤っていた。その孤児院の子どもは大丈夫か? お前の奇天烈さに戸惑い、怯えていないか?」

「なにそれ、どういう意味よ?」


 自然と声が低くなる。リオが視線を逸らした。相変わらず分が悪くなると視線を逸らすのがリオらしい。


「まあ、心配してくれるリオの気持ちは嬉しいわ。そうだ、心配なら皆に会ってみる?」


 冗談で言ったのだが、リオは意外にも頷いた。



 



 王国でも有名な保養地であるここも、市場や、仕立て屋が立ち並ぶ一角から離れると、いっきに雰囲気が変わる。


 一部崩れ落ちた屋根や、朽ちた階段を見て、リオが驚いた顔で固まった。護衛のアルはいつも通りのにこやかさだが、たまに興味深く辺りを見回していた。


「あ、ソフィーさまだ!」


 ある建物前まで来たときに、ソフィーより幼い男の子が、元気よくソフィーの名を呼んだ。


「ほんとだ! ソフィーさまだ!」


 所々、ヒビ割れたひなびた建物の中から数人の子供たちが出てきた。


「はい、パンとオヤツを持ってきたから、皆で仲良く食べなさい。ケンカはしないのよ」


 優しく言えば、皆が『はーい』と元気よく返事を返した。


「バートはいる?」

「バート兄ちゃんなら、畑の方にいるよ!」

「そう。ありがとう」


 礼を言うと、ソフィーは二人を連れて、裏の方へと回る。


「バートとは?」

「バートはこの孤児院の一番上の子で、皆のお兄ちゃんみたいな子よ」


『年は私より三つか四つくらい上よ』と説明していると、畑が見えてきた。小さな孤児院の土地は狭いので、すぐに着く。


「バート!」


 手を上げて呼ぶと、しゃがんで収穫をしていたバートがゆっくりと立ち上がる。衣類はツギハギで、薄汚れた格好ではあるが、バートは孤児院のリーダー役という立場だけあって、利発そうな顔立ちをしていた。


「あれ、ソフィー。親父さんが来るからって、当分来れなかったンじゃないのか?」

「お父様なら、今日の朝帰られたわ」


 ソフィーの誕生日を祝うため、王都から来ていた父は、本日名残惜しそうに帰っていった。ちなみに、ソフィーの部屋には山ほどのプレゼントが置いてあり、まだ開封していないものもある。


「それより、貴方に紹介するわね。私の友人のリオと、その護衛のアルよ」

「……なに、コイツも貴族なのか?」


 派手ではないがキレイな服を着ている二人に、バートは大層嫌そうな顔でリオたちをにらむ。


「え? ああ…そう、なんじゃない?」


 貴族かと聞かれると分からないため、疑問形で答えると、バートの眉間に皺が寄り、二人を危ぶむように見る。


「よく分からない奴と一緒にいて、大丈夫なのか?」

「なッ! ソフィー、こんな無礼な奴といつもいるのか!?」


 まさか孤児の方から、自分が怪しい奴だと言われるとは思わなかったのだろう、リオが眉を逆立てる。

 

 リオとバートがにらみ合い、バチバチと火花を散らす。


「あら、なぜ皆そんなに心配性なの?」

「「お前がそんなだからだろうが!」」


 貴族かもしれないリオと、孤児のバートの声がそろうなんてとても不思議な光景だ。言われたことは大変失礼だが、それには気づかず感心してしまう。


「ソフィー帰るぞ。こんな所にいたら品位が疑われる!」

「なんだよ、品位って。ソフィーに品位なんて、そもそも無いじゃないか!」

「それは…」


 言いよどむリオに、さすがにソフィーの唇が引きつる。


「あらあら、貴方たちとても仲が良いわね。私の悪口が言いたいなら、お茶でも飲みながら聞きますけど?」


 淑女らしく、怒りを露わにせずに笑みを浮かべて言えば、二人が同時に視線を逸らした。


 リオ同様、バートも怒るソフィーが苦手だった。口は達者だと自負している彼も、ソフィーの弁には勝てたことが無いのだ。

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