拝啓 天馬 私にも友人ができましたⅡ
ピクニックの場所は、屋敷から少し離れた丘の上だった。草の香りが風に吹かれ、鼻腔をくすぐる。
ちょうど木陰になりそうな一本の大きな木の下に、アルが持ってきた赤いビロードを敷いてくれた。
その上に、バスケットを置く。紅茶は水筒代わりの瓶に入れてきたので、バスケットの中に入れておいたティーカップに注ぎ、二人に渡した。
ワイロのチーズケーキをバスケットの中から出そうとしていると、リオがあっさりとグルグルの件をアルに話してしまった。
「ちょっと、リオ!」
(前世で培った営業トークとワイロで懐柔しようとしていたのに!)
非難の声を上げるが、リオは淡々と告げ、その上、目は『お前、絶対やると言うなよ』という命令を含んでいた。アルは『なるほど』と力強く頷くと、人好きのする顔で微笑んだ。
「お任せください。僭越ながら、このアル、弟たちへの愛情表現としてその手の行いは得意としております!」
「少しは躊躇しろ! 相手は令嬢なんだぞ!」
「レディの望みを叶えるのも、紳士の義務ですから」
胸を張って答えるアルに、リオは『コイツ今日クビにしてやろうか』と思う。だが、横に座っていたソフィーの嬉しそうな顔に押し黙った。
「本当に!? 本当にいいんですか、アル!?」
「ええ、ソフィー様の一人や二人、喜んでグルグルさせていただきますよ」
アルの言葉にソフィーの顔に花が咲く。それを面白くなく見守るリオ。
二人は座っていた場所から少し離れた、平らな所へ移動すると、アルはソフィーの両脇を持ち上げ、勢いをつけてグルグル回す。
きゃーきゃーと、喜んでいるソフィーのドレスが風に吹かれ持ち上げられそうでハラハラしてしまうリオをしり目に、アルは高低差をつけながら遠心力を利用し回し続けている。
やっと終わったのか、興奮気味にソフィーが声を上げながら戻ってきた。
「とても楽しかったわ! アル、本当にありがとうございました!」
行いはまったく淑女らしくない点が多いが、いつも淑女を押し売りするソフィーが、今日はまるで幼い少年のような表情で破顔し、アルに礼を言う。
与えられなかったオモチャをやっと手に入れた、そんな充足感と達成感のある顔だった。
一瞬、ソフィーであってソフィーでない者のように見えた。不思議な感覚は、次のアルの言葉で掻き消える。
「リオ様にもして差し上げましょうか?」
「死んでもごめんだ!」
厳しい拒絶に、アルが悲しそうに手で顔を覆う。
「アルは平等にお二人を大切にしておりますのに…」
「お前と話すと疲れるから、もう黙ってソフィーから貰った菓子でも食べていろ」
「ソフィー様の新たな研究の成果をこの舌で味わえて、アルは光栄です」
この男は本当に口がうまい。
自分と違って、料理、調理という言葉を使わないところが、ソフィーの扱い方を心得ている。リオは憎々しくそう思った。
「何度かの失敗を重ねて、ついに完成しました。チーズケーキです!」
「見たことのないお菓子ですね」
「へー、オレも見たこと無いな。どこの国の菓子なんだ?」
「さぁ? 私も本で読んで、こんな感じかと思って模索しながら完成させたものだから。でも、味は美味しいと思うの」
適当にはぐらかしながら、切り分けて皿にのせて渡す。一口食べて、リオとアルがいつものように美味しいと呟く。
「チーズの風味と、ほのかな甘みが美味しいですね。フワフワとしていて、口の中で溶けるようです」
相変わらず具体的に感想と賛辞をくれるアルに、ソフィーは笑みをこぼす。
アルと違って、うまい口上は言わず基本黙って食べることが多いリオも、頬のゆるみが美味しいと告げていて、それが嬉しかった。
「蜂蜜で甘さを調整しているのですけど、もっと蜂蜜が安くならないかと最近考えることが多いの。できれば民全員に行き渡るくらいに」
ソフィーが不満を口にすると、アルが同意する。
「仰る通りです。ですが、養蜂は定置養蜂が主なので、我が国での出荷量はこれ以上となるとなかなか難しいですね」
定置養蜂は、移動せず、同じ場所で異なる種類の花の蜜を集めることだ。その他に移動養蜂があり、これは花の咲く時期にその場所へ移動して蜜を集める。オーランド王国の養蜂は基本が定置養蜂だった。
「民全員に行き渡るくらいとは、またお前は変わったことを言うな」
「変かしら?」
「まぁ、夢物語だな。貴族が口にするものと、平民が口にするものは違うだろう。甘い食べ物は、その最たるものだ」
「リオは同じだとイヤなの?」
「嫌というか、違うのが普通だろう?」
(違うのが、普通……)
そうか、これがこの世界の普通の考え方なのか。
ソフィーは頷き、そして口を開いた。
「ならば、絶対に民に行き渡るくらいにしてみたいわ」
「は?」
「甘いものが貴重だということは、他国でもそうでしょうから。たくさん作れば、王国の民だけではなく、他国の貿易商品にもなるでしょう?」
ポカンと口を開いているリオの横で、アルがそれは素晴らしいと笑みを濃くした。
「蜂蜜ではなくて、砂糖は作れないのかしら?」
真剣に考察する。定置養蜂では限界がある。しかし、移動養蜂を同時に行ったとしてもまた同じく限界があった。ならば、やはり砂糖を作るしかない。
「年間を通して気温の高いダクシャ王国などでは、砂糖となる作物が採れるそうですが、我が国は年間を通しても寒い時期が多いですからね」
アルが考察に参加してくれた。
オーランド王国は夏の期間が短く、そして冬の寒さが堪える。昼は陽の光でまだ暖かいのだが、夜になると冷え、寒暖差で栽培されるものも限られてくる。暑い国の果物や野菜は海を渡って運ばれるが、船旅は長期間かかるため、運ばれてくる物は、これまた限られていた。
(サトウキビは気候的に無理だろうけど、テンサイなら作れそうなんだけどなぁ)
一応それらしきものが無いか、父親にも頼んでいるのだが、なかなか見つからない。でもニンニクがあったのだ。決してあきらめたくなかった。
「ないかなぁ、テンサイ…」
心の声が漏れ出ていたようで、リオがその声を聞きつけた。
「テンサイ?」
「あ、いえ…」
「わたくしにも商人の知り合いがおりますから、なにか入用があれば頼めますよ」
「本当ですか!?」
「アル、お前はいつもいつも…!」
いつもソフィーの関心を奪う護衛に、リオが憎々し気に声を低くする。
爽やかな風が吹くそこは、暖かい陽だまりに包まれ、とても幸せな時間が過ぎていった。
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