拝啓 天馬 私にも友人ができました
天馬、そちらはいま春なのでしょうか、それとも夏かしら?
夏ならクーラーのつけっぱなしには気を付けてくださいね。貴方は昔からクーラーを最低設定温度にするから、私とても寒かったです。
寒いと文句を言えば、上着やひざ掛けを持ってきてくれましたが、あれを優しさとは、私は今も思っておりません。電気代と温暖化の敵です。
あと『お前、男のくせに冷え性なのか?』と呆れた目で私を見ていましたが、普通の人間は寒いと文句を言う温度なのです。貴方のほうがおかしいのよ。そう指摘しても、『はいはい』といつもおざなりな返事でしたわね。
なんか、思い出したら腹立ってきたな……。
あら、失礼いたしました。つい、昔の口調が。
そうそう、私にもこの世界に友人ができました。おかげでとても楽しく過ごしています。
相手の素性はよく分からないのですが。と貴方に言えば、きっと『危機感が無さ過ぎる。営業してたくせにリスクマネジメントをどこに忘れてきた』なんて嫌味を言われそうですわね。私もそこまで平和ボケしておりません。両親が懇意にしている子爵様のご紹介だから、身元は大丈夫だといっておりました。それだけで私には十分です。
疑って、詮索して、人となりを重箱の隅をつつくように見ているだけでは、見えてこないものがありますでしょう?
例えば貴方が、昔の私を、祐をそういう風に見ていたなら、きっと友人関係は作れなかったと思うのです。貴方がそういう人ではなかったから、私もそうでありたいと思っています。
それでは天馬、また。
本当はもっと色々書きたいことがあるのだが、外から聞こえてくる馬車の音に、今日はここまでと書き終える。
きっと、馬車の主はリオだ。
今日はピクニックに行く約束をしていた。
日記を片付け、書き足りない気持ちを押して、椅子から降りる。毎日少しずつ書いていこうと思っていたが、最近は色々な事が起こっており、日記を書く時間がなかなか取れず、書けるときに書くと出来事が多くて、書いても書いても書き足りない。
ここ数週間のハイライトは、まずソフィーが作った料理を母が美味しそうに食べてくれ、朝の散歩や運動を一緒に行うことで、母の顔色や体調が良好になったことだ。
そして料理に関してだが、ついに父親のエドガーに料理をしていることがバレてしまった。
止めなさいと怒られると思ったが、娘を溺愛している父は、逆になんて母親思いなのだと感動していた。実際、母の体調が良くなっているのが、功を奏したようだ。
もし父が反対したら、前世の営業仕込みの言い訳と、姑息な論点すり替え法でしのいでやる! と息巻いていたが、わりと簡単に解決した。
厨房を好きに使えるようになったのは大きい。使用人の買い物に一緒に同行し、あれからも色々な材料で試作を繰り返している。
今日はチーズケーキを作ってみた。砂糖が希少なので、かわりに蜂蜜を代用した。前世なら蜂蜜の方が高値だったが、こちらの世界では砂糖より蜂蜜の方がまだ手に入りやすかった。
「どうにか砂糖を大量に作れないかしら?」
蜂蜜という代用品はあるが、蜂蜜は価格が高騰することはあっても、低下することが無く、平民の口には中々入らない。
最近、ソフィーは平民の生活について考えるようになった。貴族らしいボランティア精神というよりは、自分が修道女になった時に、少しでもより良い生活を送りたいという希望があったからだ。
買い物に出ることによって今まで知らなかった平民の暮らしを見ると、やはり貴族とは生活の質が劣っていた。
前世は、贅沢しなければそれなりの生活はできた。だが、この世界では前世の当たり前が、とてつもない贅沢になるのだ。
修道女が、貴族令嬢的な当たり前を求めれば、それはもう修道女とは言わない。いつか修道女の件を両親に話し、納得してもらった時、ソフィーは修道女になる。その前に、自分ができる範囲で平民の生活の質を向上したい。それが今のソフィーの目標だった。三種の調味料もその件に入っている。
(いま男爵令嬢として多少の権力が使えるうちに、色々対策を練らないといけないわね)
だが、ソフィーひとりでは限界がある。できれば平民の生活をよく熟知している人間の助けが必要だ。
「――っと、いけない、リオのこと忘れてた!」
すでに家の前に止まっている馬車を思い出し、すぐさま外へ向かう。
ホールで待っていたリオと目が合うと、ほほ笑んであいさつをする。息を切らして走ってきたなど思わせないのが淑女だ。というか、走らないのが淑女だが、それは無視している。
「ソフィー様、こちらを」
侍女がラタンでできたバスケットを渡してくれる。今日作ったチーズケーキだ。
「これは?」
受け取ったバスケットを大切に持っていると、リオは自分が持つと代わってくれた。
「ありがとう。これは今日の実験の成果。チーズケーキよ」
「…ソフィー、料理したと言わなければ、許されると思っているだろう?」
「あら、ならリオには食べさせてあげないわ。どうせ最初からアルに作ったものだし」
「なっ! なんでアイツだけなんだよ!」
玄関の階段下で待機しているアルを指さし、リオが吠える。二人の会話は聞こえていなかったのか、アルが首を傾げている。
「だって、これはアルへのワイロですもの」
小声で囁くと、目の前の青色の瞳が怪しむように細められた。
「賄賂?」
「そうよ、これでアルにグルグルしてもらうのよ!」
アルに聞こえないよう、小さく宣言すると、リオが呆れたように黙った。
「……お前、まだ諦めてなかったんだな」
「当然でしょう!」
(今日こそ、グルグルを我が手に!)
ふふふふふ、と悪女のように笑うと、リオが諦めたようにため息をついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます