拝啓 天馬 どうやら私は男爵令嬢として転生したようですⅦ


「ソフィー?」

「なぁに、リオ」


 次の日、約束通り遊びに来てくれたリオだが、その眉間には皺が寄っていた。


「これはなんだ?」

「これ? これはお肉と野菜を炒めたものよ」


 テーブルに置かれた一枚の皿。

 それには、ソフィーがいうように肉と野菜を炒めたものがのっていた。とても香ばしい香りがする。いつも食べているものとは違う、嗅いだことのない香りだった。


「これは昨日買った食材のように見えるが、料理人に作ってもらったのか?」

「確かに昨日の食材だけど、作ったのは料理人ではないわね」


 返答に、リオはなぜかとても嫌な予感がした。

 そのせいで、普通の令嬢相手ならしない問いを口にしていた。


「……お前が焼いたのか?」

「ええ」


 無邪気な笑顔で肯定され、一瞬の沈黙が落ちる。


「お前貴族だろう?」

「そうよ」

「貴族の令嬢が、料理を作るのか?」

「いやだわリオ、貴族のご令嬢は料理なんてしないわよ。料理より刺繍、哲学より詩、当然でしょう?」


 唇に手をあて、ほほ笑む可愛らしい仕草に、リオは一瞬気を取られたが、すぐにコイツ誤魔化そうとしていると気づいた。


「…へー、じゃあ、これは?」

「これ? これは科学よ!」

「か、かがく?」

「そう、これは実験を行った結果なの!」


 実験であって料理ではないわと豪語するソフィー。本気で言っているのか冗談なのかリオには分からない。


「貴族の女は、知識より作法なんじゃないのか?」

「私は商家の娘でもあるから、知識は必要なのよ」

「どう聞いても、言いわけだな」

「もう、いちいちうるさいなぁ」


 舌打ちでもしそうな声で呟く少女に、リオは困惑した。


 コイツ、本当に自分でこれを焼いたのか?!

 令嬢なのに?

 と、思っているのだろう顔で、リオがソフィーを見る。

 ソフィーはとにかく食べろと催促した。


「別に毒なんて盛ってないわよ。食べても死なないから大丈夫!」

「疑っているわけじゃないが、そう言われると怖いから止めろ!」

「では、わたくしから先に頂きますね~」


 リオの横には、アルが座っていた。普通、護衛は勧められても椅子に座らない。だが、アルは普通にリオの横に座って、目の前に出された料理をフォークで刺して食べだした。


「……これは、随分美味しいですね。肉の臭みが無く、食材に香ばしさが包み込まれています。この小さな欠片、こんなに小さいのに食べると独特の香りが鼻を抜けます」

「まぁ、アル! 分かりますか! このニンニ…じゃない、ピーヤがいい仕事をするんですよ! ピーヤは調べた所、隣国で栽培されているモノらしいの。そこでは薬として使われるのが一般的なのだそうだけど、でもこうやって料理のスパイスにもなるのよ!」

「自分で料理って言ってるじゃないか……」

「もう、リオは黙ってて! 食べないならいいわよ。あなたの分はアルにあげるから」

「な! 食べないとは言ってないだろう!」


 なぜかムキになってリオが食べだした。咀嚼し、飲み込むと唖然とした声で『うまい…』と呟いた。その賛辞に、ソフィーは満足した。


 ちなみに、母には昨日すでに食べさせている。同じ言い訳を口にしたら、母はリオと違ってすぐさま素直に食べてくれた。そしてとても美味しいと喜んでくれた。少し天然の母は、常識常識と煩くなくて、とてもあり難い。


「しかし、この肉高いものではなかったのに、こうも臭みを感じさせずに美味しくなるものなんですねぇ」

「ピーヤだけじゃなくて、少々ワインで漬け込んで臭みを減らしてみました」

「ワインを、ですか…」

「ワインに漬け込む? ワインは飲むものだろう? 漬け込むってなんだ?」


(うん、皆も同じ顔してた)


 ワインに肉を漬け込めば臭みを軽減できるのに、料理人もそれを手伝う者たちも皆一様に怪訝な顔をしていた。どうやら下ごしらえという概念が、この世界の料理人にはあまり無いようだ。


(うーん、やっぱ異文化を感じるなぁ…)


 普段、令嬢らしい口調を心の中でも心掛けているが、世界の違いが一つの料理を作るだけでこうもあると思うと、少しだけ祐が出てきてしまう。


 今さらながら、前世とは違う、遠い世界に来たんだと実感した。

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