拝啓 天馬 どうやら私は男爵令嬢として転生したようですⅤ
ソフィーが意気揚々と外に出ると、馬車とそこに待つ男性が見えた。
最初は御者かと思ったが、よく見れば御者は別におり、男性はリオの護衛だった。
アルと名乗った青年は、リオより短いが同じ髪と瞳の色を持つ、これまた顔立ちの美しい男性で、思わずソフィーは、『ご兄弟?』と聞いてしまった。
「そんなわけあるか」
とても嫌そうにそっけなくリオが否定する。護衛と兄弟などと言われて不快というより、アルと兄弟と言われたことが嫌そうな感じだった。
「そんなリオ様、なんと切ないことを」
対して、アルの方はとても楽しそうな顔で笑った。アルは、花が飛ぶような錯覚を起こすほど楽しそうに笑う。
護衛という職業は、どこか剣のように鋭く、何にも動じない人間ばかりなのかと思っていたが、アルからはそんな緊張感が全く感じられなかった。
「よく言う。どうせ、このガキ大人しく屋敷で本でも読んで過ごせばいいものを、ぐらいにしか思ってないだろう」
「そんなまさか!」
ははは、と朗らかに笑うアルに、ソフィーは二人の仲の良さを感じた。
先ほどまでのリオとは思えないほど口が悪いが、それもそれだけアルに心を許しているように思える。
じっとアルを見れば、アルはその瞳をゆっくりとソフィーの方へ向けてくれた。
「はじめまして、可愛らしいお嬢様。どうぞ気軽にアルとお呼びください。犬のように従順にお返事させていただきます。もうお加減は宜しいのですか? リオ様から回復されたとお聞きしておりましたが、か弱い御身をどうか大切になさってください。リオ様も、こう見えて少し前までは体がか弱くありましたが、今やこんなに大きくふてぶてしくお育ちになられまして、アルは大変嬉しいです」
すごい、全体的にはとても優しいけど、言っていることがところどころすごい。
ソフィーが変に感心していると、リオがとても憎々し気に言う。
「ソイツ、普通の護衛と違ってよくしゃべるし、うるさいぞ。護衛という仕事を理解していない三流だ。そして、絶対オレのことを馬鹿にしている。なんで父上はこんなヤツをオレの護衛にしたのか理解できない」
「そんな…、リオ様。わたくしは、リオ様のためなら我が身を犠牲にしてでもお守りする所存ですのに! どうしてわたくしの想いが伝わらないのでしょう?」
「もうお前はしゃべるな」
「伝わらないと言えば、どうもわたくしの一番下の弟も、わたくしの愛を素直に感じてくれていないようなのです。男の子だからですかね? うちの家系は男ばかりで、女性がいないのですよ。ソフィー様のような可愛らしい妹も欲しかったんですけどね。いや、勿論弟は弟で可愛いんですよ。二番目の弟はわたくしを慕ってくれているようで、それはそれで嬉しいのですが、なぜか心惹かれるのは慕ってくれない一番下の弟の方で」
「おい、もう黙れ!」
リオの制止を無視し、アルはソフィーにまるで人生相談するように語りだした。六歳の少女相手に、アルはまるで世間話に興じる夫人のようにノンストップで止まらない。
「誕生日にプレゼントを贈っても、無表情で笑みの一つも見せてくれないのです。勿論、御礼は言ってはくれるのですが。わたくしが一生懸命選んだプレゼントも、一目見て『兄上のセンスは僕には理解できません』と、これまたつれなくて」
「はぁ…それは、なかなかさみしいですわね」
「アル、もう黙れと言っているだろう!」
「この前も抱っこしたら、死んだ魚のような目をするんですよ。まぁ、それが可愛くて!」
「可愛いですか?」
死んだ魚のような目なのに?
「ええ、もうすべてを悟り切った顔で黙ってなすがままなんですけど、その目が死んだ魚のようでとても可愛いのです!」
「まぁ…」
弟君がいくつか知らないが、なんだかとても可哀想だとソフィーは思った。そして、もう一人の可哀想な人を見て一言。
「リオ、あなたの護衛さんは変わった方なのね」
「……ああ、なぜかオレの周りは変わった奴が多いんだよ」
「あら、大変ねぇ」
リオは、お前もその一人だという目で見たが、ソフィーは無視して、もじもじとアルを見やる。
「あの、アル様…」
「アルとお呼びください。可愛らしいマイレディ」
「おい! 幼女相手に、口説くような声音で話すな!」
「リオ様、女性にお年は関係ないのですよ」
「!!」
先ほど『女は六歳でも女なの!』と言われたことを思い出したのか、リオは悔しそうに押し黙った。言っていることは確かにソフィーが先ほど口にしたものに近いが、幼女相手にサラリと言えるのがスゴイ。
「では、アル……あのですね、お願いがあるのですが…」
「なんでしょう。なんなりと仰ってください」
「グルグ…」
「おい、ソフィー。グズグズしていると市場が閉まるぞ」
グルグルのお願いをする前に、リオから横やりが入った。
「なんですって! それはいけないわ、急ぎましょう!」
ソフィーは慌てた。
今日、なんとしても食材を買いたいのだ。
自分の欲望より、母の食事改善の方が先決だ。
「リオ様、『グルグ』とはいったいなんのことでしょう?」
「アル、お前はとりあえずオレがいいと言うまで一切しゃべるな。しゃべったらお前の一番下の弟に、お前の兄は幼女を口説いた変態だと告げ口するぞ」
「そんなリオ様……。あれにそんなことを言ったら、『兄上の好みは僕には理解できません』と死んだ魚のような目で見られるじゃないですか。きっととても可愛いでしょうね!」
リオが苦虫を噛み潰したような顔で小さく悪態を呟いた。ソフィーには聞こえなかったが、リオがとても苦労していることだけは理解できた。
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